飢と渇
エフ
道徳的なお仕事
今日も鳥達が道端のゲロを啄ばんでいる。
いつも通りの、爽やかな朝。
飲み屋街のここは、いつもこれだ。
朝は汚物と生ゴミだらけ。
足元を見ながら歩かないと地雷を踏み抜きかねない。
汚くて、決して治安も良くないここに俺がオフィスを構えた理由は、安くて比較的便利だから。
それ以外は最悪だ。
***
「おはよう。」
「おはようございます!」
「おはようございまーす。」
「おはようございます。」
「じゃあ、いつも通り、今日もやっていこう。」
「「「はい!」」」
俺の仕事を、何と言えばいいのか。
人から聞かれた時は、「ウェブ関係」と答えるようにしている。
やっていることをそのまま説明すると、匿名掲示板やSNSなどからネタを引っ張って、
自分のウェブサイトにまとめ、サイトに貼り付けているアフィリエイト広告で稼いでいる。
「まとめサイト運営」と言えば分かりやすいだろうか。
俺は気にしたことも無いが、どうやら真っ当な仕事じゃないらしい。
まぁ確かに、法律にもいくつか抵触してるだろうしな。
それが一体何だと言うのか、よく分からないが。
「堂徳社長、サイトDの記事ですが、継続でいいですか?」
「大物女優Aのスキャンダルな。そのまま続けろ。SNSもチェックしろよ。」
「はい。」
一人で始めたこの事業も、今では正社員二人とアルバイト一人を雇うまでになっている。
まとめサイトで食っていくなら、サイトも投稿記事も数が命だ。
事業規模を追い求めれば際限が無く、限界まで自動化させてもまだ人手が足りない。
まぁ、昨年優秀なアルバイトが入ってくれたおかげで、随分と仕事は楽になったが。
「正田、また韓国ネタだ。A、B、Cのサイトは、今週このネタ中心でいってくれ。」
「ハ、ハイ。」
この正田という男は、昨年うちに来たアルバイト。
有名大学に通っている現役大学生だ。
中卒の俺と、高卒の正社員二人に囲まれながら、うちでエンジニアをやっている。
時給2,000円に釣られたんだろう。
面接した時は、よく吃るしパっとしない奴だと思ったが、とんだ掘り出し物だった。
変な倫理観に縛られない金好きというところも良い。
正田に比べたら正社員の二人はクズみたいなもんだが、人手のために仕方なく雇っている。
こんな仕事を喜んでやろうとする人間は少ないからな。
「ド、堂徳社長、政治ネタって何でこう人気なんでしょう・・・。」
「ん?大学の奴らはそういう話しないのか?」
「イ、イヤー、ドウなんでしょう。ボ、僕の周囲にはそういう人いないですけど。」
「じゃあ、お前の目に映っている世界は社会の上澄みってことだ。下の方はもっとドロついてんだよ。」
「ハァ・・・。」
まとめサイトのネタは尽きない。
政治、芸能、結婚、就職、学歴・・・。
色んな奴らが色んなところで、毎日ネタを供給してくれる。
俺達は、その中から“伸びそうなネタ”を探し出す。
好まれやすいネタは大体決まっている。
例えば、「人生が上手くいってない層、気力を失っている層」が参加できるネタ。
具体的には、現状の制度を批判することのできるニュース、成功者の失敗、大企業の不祥事、政治家のゴシップ。
また、イデオロギーVsイデオロギー、既婚Vs未婚、学歴Vs学歴など、何かと何かが対立するようなネタも伸びが良く、鉄板と言っていい。
ここ数年は定期的に隣国といざこざが起きるから、ネタの供給が尽きなくて助かる。
俺はそういう話に鼻くそほどの興味も無いが、“憂国の客達”は大変関心を持って見てくれる。
ターゲット層が、今、どんなネタを求めているのか分かれば後は簡単だ。
馬鹿でも分かるように極端で目立つタイトルをつけて、記事を投稿するだけ。
俺から見れば、「馬鹿のための情報」と名札がついたような記事ばかりなのだが、
どうやらこの世界では正解のようだ。
なぜそう言えるのか。
どんな記事が好まれるのか、どんな記事タイトルだとクリックされやすいのか、
客の反応はアナリティクスで丸分かりだから。
そんな努力の甲斐もあって、うちは大手に分類されているまとめサイトをいくつも運営している。
ネット上の娯楽が充実し過ぎている今、客の時間は奪い合いだ。
どんな貧乏人でも、時間だけは持っている。
うちの客達も、金は払わないが時間は払ってくれる。
時間という資本を大量に持っている“大時間持ち”を獲得することが、この世界で成功するポイントだ。
そういう意味じゃ、最も太い客はニートなんだろうな。
「あ、社長、財務大臣がまた失言です。」
「ああ。関連スレとSNSまとめとけ。」
「はい。」
こんな情報をいくら漁ったところで、客の人生には何も役立たないと思う。
金だって得られない。つまり、娯楽だ。
娯楽は娯楽でいいんだが、毎日何時間も娯楽に時間を支払う連中を見る度、
そんな奴らに先なんて無いと俺は思う。
そりゃ人間なんだから、娯楽に興じることくらいあるだろう。
その娯楽が悪趣味ってこともあるだろう。誰だって糞はするもんだ。
人間なんて一皮剥げばそんなもんだし、糞してる姿をその人間の本質だと言うつもりも無い。
しかし、こいつらは糞の時間が長すぎる。
1日のうち、理性を取り戻すのは何分だ?
毎日生産性の無いことに打ち込むこいつらを、俺は便宜上「馬鹿」と呼んでいる。
・・・馬鹿と言えば、昔、俺がまとめている匿名掲示板の制作者を見たことがある。
その時は、本当に人を馬鹿にしたような言動をする奴だと思った。
・・・が、それは勘違いだった。今なら分かる。
アレは、馬鹿にした「ような」ではない。
この世には本物の馬鹿がいるという「事実」を知っている人間の言動だ。
俺だって、毎日このアナリティクスを見ていれば、本物の馬鹿が存在することを
理解できる。
例えば、さっきまでコメント欄で熱心に社会の変革を語っていたこいつ。
こいつの軌跡を辿ってみればいい。
まず、リンクからアダルト系のページへ。
そこで恐らくは用を済まし、次は学歴関係のページ。アニメ系のページ・・・。
コメントを残しながら、転々と。
こいつが何日の何時何分に何を見て、何を書き込み、何時間消費しているか。
そんなもん全て分かっている。
書き込み内容や時間帯から、こいつが現実世界でどんなステータスをしているのかも予想がつく。
このアナリティクスを見て、それでもなお「人を馬鹿にするな」なんて言える奴がいたら、
そいつは精神的盲目か当事者だ。
大元の掲示板を作った奴も、恐らくは似たような感想を持ったんじゃないだろうか。
目の前のPV数とコメントは、金の山であり糞の山。
俺は、そういう仕事をやっている。
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