第63話


「──それではこれより、新婦様よりブーケトスが行われます。女性の皆様は前へお集まり下さい。注意事項としましては花束を受け取る際に、お怪我等をされませんよう、お気をつけ下さい」


 司会進行役の男性がアナウンスをして、花嫁である優の前へ、女性達が続々と集まり始めた。


 さくらと煉は主役である新郎新婦の二人から少し離れた場所で、式の進行を静かに見守っていた。


 アナウンスを聞いた煉が、さくらに問い掛ける。


「行かないのか」


「うん。私はいいよ。それより、花束は誰が取るのかな」


「さあな。これは男が取ったら駄目なのか?」


「駄目、というより、男の人が受け取ったところを私は見たことがないから、分からないわ」


 さくらは辺りを見渡す。


 男性陣はブーケトスに集まる女性陣から、一周り距離を開けて、その様子を楽しそうに眺めている。


 この結婚式には八重樫も出席しているようで、さくらは先ほど、その姿を遠目から見掛けていた。


 いつも身に着けているビジネススーツとは違い、礼服をまとった八重樫の姿は、まるで、ブライダルモデル並みの着こなしで、周りの男性達との差は一目瞭然。見た目の威力は、煉よりも八重樫の方が上々だった。


「あ! 始まるみたいね」


 ざわめきが一際大きくなり、優は女性達の位置を確認した後、ゆっくりと背を向けた。


「それじゃあ、行きまーす! えいっ!」


 優の合図と共に、可愛らしい淡い桜色の花束が、晴天に向かい、宙に舞う。


 そして、その花束を受け取ったのは──。


「痛っ!!」


 飲み物を取りに向かおうとしていた、不運続きの八重樫だった。


 八重樫は頭上から落下してきた花束を、地面に落とさないように、バウンドさせながら受け取る。


「八重樫くん、ごめんねー! でも、おめでとうー!! 次は八重樫だよー、さちあれー!」


 優がしたり顔で、声を張り上げながら八重樫に向かって言う。


「え? なんで? ち、ちょっと待ってください! 受け取れませんよ、俺!」


 乙女チックな花束を手にしたまま、勘の鈍い八重樫は訳も解らずに、動揺と困惑を同時に浮かべた表情で優を見据える。


 ブーケを受け取る為に優の傍に集まっていた女性達は、八重樫に対してブーイングを起こすどころか拍手喝采の嵐。受け取った本人は状況を理解出来ずに、ますます混乱している様子だった。


 この一連の流れは、実は優自身が予め仕込んでいたものだ。つまりは確信犯。


 どうか、八重樫くんにも次の幸せが訪れるようにと、優からのささやかな幸せのおすそ分けということらしい。


 煉は花束を持った八重樫をじっと眺めていたが、やがて何かの結論に至ったのか、確認をするようにさくらに疑問を投げ掛けた。


「……もしかして、お前は知ってたのか」


「うん。優から聞かされてた」


 つまるところ、八重樫が玉砕していたことを優も知っていた。おっとりとしているようで実は観察眼の鋭い彼女に、やはり誤魔化しは効かなかったのだ。


 自身の結婚式にブーケトスが組み込まれていることを思い出した優は、本来ならば女性に送る花束を八重樫へと送ることを考えた。


 さくらが、その作戦を聞かされたのは結婚式二日前のことだった。良いとも悪いとも言えず、結局は当日の様子を見守ることになったのだ。


 『ブーケ似合ってるよ』という女性達からの声に、八重樫は戸惑いながらも苦笑している。


 花束を手にした八重樫の姿は、まさに王子様然としていて女性達の言う通り、とてもよく似合っていた。


「さくら」


「ん? なに?」


 名前を呼ばれて視線を移すと、煉はさくらを見下ろしていて、自然とお互いに見つめ合う形になった。


 幸せが無限に溢れている結婚式の熱に浮かされたのか、煉は周りの目を気にすることもなく、さくらの華奢な両手に触れて、包み込む。

 

 煉は目線を逸らすことなく、一呼吸置いた後、決意の言葉をさくらへ向けて、ゆっくりと紡ぎ始めた。

 

「……俺はまだ、さくらを養える程の力は無い。だが、いつか。修行を終えて料理に対する知識を深めた時、自分の店を出したいと思っている。そして、その時。俺の隣にいるのはお前……さくらで在って欲しいと願っている。……だから、これからも俺と共に日々を過ごしてくれないか。不死身だった俺に、新たな人生を与えてくれたお前に、恩返しがしたいんだ」


 さくらは煉の突然の告白に驚き、目を見張った。


「煉は、これからも私と一緒にいてくれるの? お酒が大好きで、料理が苦手で……女子力なんてないのに……?」


「さくらはさくらのままでいい。無理をして変わる必要はない。そもそも女子力とは何だ?」


 至極真面目な顔で、女子力について問いを重ねてくる煉に、さくらは愛しげな笑みが溢れる。


 そうだった。最初から煉はこんな人だった。嘘をつくような人じゃない、お世辞を言えるような人じゃないことくらい、半年以上一緒に日々を過ごしてきた私が、一番よく分かっている。


「……ふふ。ありがとう、煉」


「何故笑う。俺は真面目に言っているんだが」


「うん。知ってる。……私もどんな煉も好きよ。大好き。だから、これからも宜しくお願いします」


「ああ、こちらこそ宜しく頼む」


 秋晴れの下、二人は屈託のない笑顔で幸せを分かち合っていた。


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