第11話 人間ならば問題はない

 つくづく、この女は馬鹿なんだろうなと、煉は小さな一人用のローテーブルを挟んで、向かい合っている女を見つめながら胸裏で思う。


 この女は一度、俺に押し倒されたことがある。それを忘れてはいないはずなのに、何故かこうしてまた懲りずに俺を部屋へ招き入れている。


 まあ、大抵の女が望むことなんて、解り切ってはいるのだが。しかし、この女からはそんな気配が微塵も感じられない。ただ単に世話焼きなのか。生粋のお人好しか。


 呆れを通り越して最早、何がしたいのか皆目検討もつかない。


 さくらはコンビニ袋からぬるくなった缶ビールを取り出して、煉にその一本を差し出した。


「……ビール飲みます?」


「いや、酒は飲まない」


 そんなことより、さっきまでの威勢はどうした。俺に対して意気込んでいただろうに。


 煉がこうして再び、さくらの自宅へ訪れることになったのは、公園でのさくらの言動が原因だった。


『アパート追い出されて行き場所がないなら、私の部屋に来ます……か?』


 新手のナンパか。


 この女には警戒心というものが備わっていないのか、それとも故障中で機能していないのか。


 女は自身がコンビニで購入してきた弁当をテーブルの上に置いたまま、何故か硬直している。何を緊張しているのかは解らないが、今さらそんな態度をされても、こちらとしては反応に困る。


「……煉だ」


 暫しの無言に耐え兼ねた煉は、仕方なく自分から名乗り出た。そこでようやく、さくらは伏せていた視線を上げ煉を一瞥する。


「え?」


「名前。煉。お前は」


「あ、私は原さくらです」


 失念していた、というような表情を浮かべ、さくらも丁寧に自身の名前を名乗る。

 

 三回目の邂逅により、二人はお互いの名を初めて知った。最初の出会いから時は約一ヶ月ほど経過していた。その間の互いの印象はどちらかといえば良くない。


 煉は、さくらの思惑を掴めずにいた。


 今まで煉に声をかけてきた女の大半の理由は、身体の寂しさを埋めたいというのがほとんどだった。中には、ただ単に異性の話し相手が欲しいだけという女もいたが。

 

 部屋に一泊させるからという交換条件で、利害が一致した見知らぬ女と夜を共に過ごす。


 一時期はそんな荒れた日々を過ごしていた。


 だから煉はさくらのことも、今まで出会ってきた女達と同類だと思っている。


「要件はなんだ」


「……要件? 特にない、ですけど」


 なら、この女の目的は一体何なんだ。


 もしや、新手の詐欺か。……まさか、美人局つつもたせか。


 煉が思考の海に潜り込んでいくほどに、眉間のしわが深く刻まれていく。端から見れば睨み付けているどころの話ではない。寧ろ、その視線で殺人が出来てしまうのではないかと言うくらい、煉の顔つきは恐ろしい表情になっていた。


 だが、さくらはそんな煉の表情を見ても動じず、一本目の缶ビールの蓋を開けていた。


「いただきます」


 そしてさくらは両手を合わせて、丁寧に食事の挨拶をしてから、コンビニ弁当を食し始めた。


 勝手に弁当を食べ始める前に、人の話を聞け。


 俺の存在は無視か。


「帰っていいか」


 少し屈辱的な気分を覚えた煉は、幸せそうに食事をしているさくらに問う。すると、さくらは食事していた手を止め静かに箸を置く。


「あ、あの。アパートを追い出されたって言ってましたけど……これからどうするんですか?」


「さあ。考えてない」


 元より、お前には関係ないはずだが。と言いたい衝動を煉は堪える。


「そう、ですか……」


「何だ。言いたいことがあるなら、はっきり言ったらどうだ」


 煉は何時もとは違う展開に少々戸惑う。よくよく思えば、この女は自分から誘ってくるような性格ではなさそうだ。


 なら、自分からまた誘導すれば良いのか。そう独り考えあぐねていると、さくらは既に二本目の缶ビールに手を伸ばしていた。

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