5-6

鍵は手の中に埋めておこう。扉は普通に開けて通った。

家の屋根の雪が日に当たってけるように手の中で鍵のその冷たさが失っていくので、

指の間から抜けてしまわないかと、何度かその感触を確かめようとした。

その不安は鍵の大きさに余るほどあって手のひらサイズとは思えないほど。

「何かの役に立ちそう!」

背後で扉の閉まる音。建付けの悪い扉が恐ろしい軋む音を奏でると菜子はその音に驚かされた。

同時に、さっきまで見たり聞いたりした壁向こうの話し声や今日の雲の形が記憶の彼方に飛ばされた。

 通路は左右に伸びている。両隣に同じような扉が張り付いて動かない。

その向かい側の壁に燭台しょくだい、その上に燃え尽きたロウソクが小さな氷柱つららのように垂れている。

通路はカビの匂いとほこりと闇で満ちていた。長らく誰も利用しない通路が施設の一部と呼べるのだろうか。

もしこれが通路だとしたら建物の全体を想像するのは恐ろしい事だ。


両端を切り離されてどこかのゴミの集積所にそのまま打ち捨てられた通路だろう。

ここには用は無い。けれども、他に行くアテは探してみなければならない。

空虚な選択だった。それ以前に何を心に留めていたのか。

大切や大事という字が浮かんでは来るもののその先が現れない。

その時になれば分かるだろうと思えば、尚更なおさら今の状況に対して冷めた気がする。

あるいは、それが菜子に対して命令的に振る舞うことが無い今の状況。活字に留めた大事というもの。

思う様に動いても良いと悟ったものの、先の見えない通路に不安なので、

どこかにある使える照明を手に入れた後でも良いと思った。

取り留めのない内容が心に浮かんでは消えるのをじっと見つめながら、

暗闇に入って燭台に手を伸ばしたり、両隣の扉を開けて換気できるかどうか、

心づいてから試すようになるまで何度か扉の間を行ったり来たりした。

結果として扉は閉まっていたので開かず、ロウソクには手が届かなかった。

その往復の時間に一度も考えなかった内容であったので何に増してそれに不安がられた。

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