3-4

「俺もそれで良いと思う。君の話の場合は、どうだか知らないが。(どういう事だ?)」

 壁からみ出る声の事を鳴る壁と呼んだ。

見ることに飽きたら、壁に寄りかかって聞くだけにすれば良いと思った。

けれど、どちらにせよ菜子はその楽しみを覚えた訳ではない。

見上げ続ければ首が疲れるし、退屈なお喋りを聞くだけでは見るより先に飽きてしまう。

飽きる他にすることが無いかとしばらく探しながら隅の方に紙束が打ち捨てられているのを見た。

 私に親しみの感情を起こさせない漢字の集まりをどうすることもできずに、その幻影だけが目の前に現れる事。

原因は言葉の意味を正しく使われているかどうか。□を50個も並べてその枠の中に押し込めるような使われ方はしない。

過去、子供に解けなかった漢字の問題集に負けじと未来の自分が難読漢字に満ちた小説を読みこなす。

そういう勝利の予約の為に、今の私が悪意の世界を創り出す。その漢字の魔王の討伐


にあたり、物語の主人公の名を

一度でも自分の名を書いた事があっただろうか?また、それから創り出す幻影の世界に他人を放り込んだことが?

その幻影は図らずとも君が経験したはずだと分かる。中途で道行きが不安になった。ただ進む事が目的になった。走るとかしてみようと思った。

そんな日々の世界の有様を想像し、その中で不安を手にとって確かめようとする。悪夢は目をつむる時にばかり現れるでもなく……。

しかし今そんなことは関係なく、かの暴虐なる漢字テストが目の前に無い安心でもって手元のプリントを眺めた。

幻影が少しずつ遠ざかるのを後目に、その紙束を一枚一枚丁寧に観察した。

菜子(※旧字体の「菜」)という文字が○で囲まれているのを幾つも見た。

菜子とは人の名だろうか。菜子はそれに親近感を持った。

そうだろうと思った。或いはそうかもしれないと思った。

 鍵を見つけた。真鍮しんちゅうでできた小さなゼンマイだ。

見ると目の前に扉がある。手元のとは似ても似つかない、扉は冷たそうに見える。

それを持って扉の前に立った。鍵は刺さらないおもちゃの鍵だった。

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