12.カラスと少女の再会
爆風が体を押しつぶすように吹き飛ばす。シズマは頭を守るように腕を交差し、背中から壁の亀裂へと飛び込んだ。焦げ付くほどに熱い風と、爆発によって砕かれた何かの破片がシズマの身体を掠めていく。
壁が砕け散り、背中に掛かっていた重力が一瞬解放された。そのままシズマの身体は宙を飛び、隣の部屋の床へと墜落する。全身の関節が軋むような音を立て、痛みと痺れが脳を刺激した。
「シズマ!」
エストレが足音を立てて近づいてくる。だが、亀裂の向こうの惨状を見ると息を飲んだ。
爆発によって瓦礫の山と化した研究室は、どこもかしこも黒く焦げていた。電源供給がストップしたために中は異様に静まり返っている。墓室を思わせるほどに、そこには生命というものが感じられなかった。
「イオリは?」
「母親とおしゃべり中だ。家族団欒の邪魔をするほど、俺は野暮じゃない」
シズマは衝撃により揺らぐ頭を押さえながら立ち上がる。そして、瓦礫や装置の欠片に塗れた床から、エストレへと視線を移し、更にその向こう側に立っている男性型アンドロイドを見た。
「……スラストの旦那らしい、冗談が通じ無さそうな顔してるな」
「マリアベルを知っているのか」
「あぁ、彼女の娘の父親の元妻と懇意でね。あの女、ちょっと遅刻するとネチネチ怒るんだ。だから急いで来たが、どうやら間に合ったようだな」
シズマは銃の歯車を回して、正面で構える。
「エストレは俺が連れていく。異論はないか」
「……異論、か」
男は一度口を閉ざしてから、目を閉じて首を左右に振った。
「娘とね、賭けをしたんだ。カラスが勝つか、レーヴァンが勝つか」
「趣味がいいな。俺が勝ったら、エストレは人間になれるってわけだ」
「……レーヴァンは私にとっては良い部下だった」
カインはシズマの言葉に反応は返さず、その代わりに訥々と語りだした。
「違法に作ったとはいえ、私は彼に不必要な改造をすることはなかったし、最大限その意思を尊重した。エストレの件だけは随分と我儘を言わせてもらったけどね」
「どうだかな。「意思」ってのが自由だったかどうかは別問題だぜ」
「彼は優秀な部下だったし、殺し屋としても冷静沈着だった。それでも何度か下手を打つことはあってね。動けなくなった彼を回収しに行ったこともある。彼が人手に渡れば、それは我が社にとっても大きな弊害だからだ」
静かな語り口で、カインはシズマを見る。その目には背にした研究室が映っているはずだった。黒焦げの部屋を見ながら、カインは僅かに口角を持ち上げた。
「だからね、レーヴァンが壊れたり動けなくなった場合には私に信号が届くんだ。それが届いたら助けにいけるように。……今も私の中にある受信機は、彼の信号を捉えている」
シズマは後ろを振り返った。
黒い瓦礫の一か所が不自然に左右に揺れている。大人の背丈ほどもある大きな瓦礫は、次第にその揺れを大きくしていき、ついに四方に砕け散った。
瓦礫の山から突き出した高周波ブレードを見て、シズマは思わず一歩後ずさる。
「不死身かよ、あいつ。フリージアが爆破したはずだぞ」
刃が振り下ろされて、山の一角を切り崩す。
中から現れたレーヴァンは、シズマが知っている姿とは大きく変わっていた。
顔の右半分は皮膚が溶けて、中の人工骨格が剥き出しになっている。人工毛で作られた髪も下半分が焼き切れてしまい、残っている部分も焦げて変色していた。
唖然としているシズマを見て、レーヴァンは美しいままの左半分の顔で笑う。
「殺す」
声帯部品が破損したのか、声は酷く掠れていた。
刀を構えたレーヴァンは、足元を蹴ってシズマの間合いへと飛び込む。振り下ろされた刀をシズマは僅差で避けたが、反撃しようとした時にレーヴァンは予想外の行動をとった。
レーヴァンは振り下ろした刀を握り直すと、それを横へ振り切った。刃がシンプルな軌道を描くと同時に、エストレの悲鳴が上がる。肌が切れて血が噴き出す音がシズマの耳に届いた。
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