11.狐の恩返し

 フリージアは胸に突き刺さった刀を見た後、小さく溜息をついた。そして次の瞬間、左手を突き出してレーヴァンの顔を掴むと、そのまま足元を強く蹴って体重をかけた。

 即死レベルの攻撃を受けたにも関わらず反撃をした相手に、レーヴァンの反応が遅れる。二つの身体はもつれあうようにして床へと倒れこみ、その拍子に更に深く刃が食い込んだ。


「仕事は……完遂する」


 フリージアはレーヴァンを組み伏せたまま、右手を横へ振り切った。その手に握られていた爆弾が部屋の最奥にあたる壁へ衝突し、大きな爆発音を立てる。部屋全体が大きく揺れ、壁に大きな亀裂が入った。

 ビシリと高い音と共に亀裂の一部が広がって、拳大ほどの穴を開けた。その向こう側から白い光が差し込み、同時に聞きなれた少女の悲鳴が聞こえた。


「行け!」


 叫ぶように言ったフリージアは、口から何かの液体を吐いていた。シズマはそれを一瞥してから走り出す。


「行かせるか……」


 レーヴァンがフリージアを跳ねのけようとしたが、刀を握った腕を膝で抑え込まれているため、刃を振り切ることも出来ない。フリージアは相手の頭を掴んで床に押さえつけたまま、震えた声を出す。


「随分頑丈に出来てるみたいさね。でも、至近距離で爆撃をくらったらどうかな?」


「……正気か? 貴様も吹き飛ぶぞ」


 顔を押さえつけられたまま、レーヴァンはくぐもった声で嘲る。それがフリージアの脅しだと思っているようだった。だが、フリージアは冷静に爆弾を取り出して、起動スイッチに指をかけた。


 一方、亀裂の入った壁の前までたどり着いたシズマは、一人足らないことに気が付いて慌てて振り返る。イオリは未だに水槽の前にいた。両足でしっかりと床を踏みしめて立っており、怖気着いた様子はない。それを見てシズマは背筋が冷たくなるのを感じた。


「早く来い、クソガキ!」


「……エストレの身体にナノマシンを入れるなら心臓を撃たないと駄目だよ。そうじゃないと全てのナノマシンに「個数が増えた」情報が行き渡らない。母さんは既に死んでいたからその手段でよかったんだ。生きている人間には通用しない」


「そんなことは後で聞く。早く……」


「後じゃ遅いんだよ」


 イオリは静かに、しかしシズマの反論を許さない口調で言った。


「そのまま突っ込んだら感電死だよ。そこに扉が無かったのは、研究室で使う高電流が流れてるからだ」


 シズマは亀裂に目を向ける。太いコードの切断面がコンクリートの間から覗き、火花が小さく散っていた。

 再びイオリの方に視線を戻すと、水槽のすぐ横に電流制御のブレーカーのレバーがあった。そこに小さな手がかかっている。何をするつもりか悟ったシズマは、衝動のまま叫んだ。


「馬鹿なことをするな!」


「気にすることないよ。ちょっとしたお礼だから」


 カチリ、と爆弾の起動音がフリージアの手の中から聞こえた。それと同時にイオリがブレーカーのレバーを思い切り下げる。電磁波の音と共に研究所に流れていた電気が全て遮断され、真っ暗になった。


「母さんに会わせてくれてありがとう、


「イオ……」


 刹那、眩いばかりの光が破裂する。それに混じってフリージアとレーヴァンが何かを叫んだが、続いて起きた爆発によって掻き消された。最初の光を打ち破るようにして瞬時に膨張した赤い爆炎がシズマの視界を覆う。

 その中で、イオリが何かに縋るように水槽に寄り添っているのが、シズマが研究室で見た最後の光景だった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る