13.愛とシステム

「何をしている、レーヴァン!」


 カインが制止しようとするが、レーヴァンには届いていなかった。

 シズマ達は知らないことだが、爆破の直前にレーヴァンは人工筋肉の制御を解放してフリージアを突き飛ばした。それにより爆発の衝撃を軽減することに成功していたが、頭蓋内のチップに大きな損傷を負っていた。


 制御を失ったチップは、レーヴァンの中にインプットされていた「標的」と「保護対象」のデータを削除してしまった。今のレーヴァンには、思い通りにならない仕事への苛立ちや、雇い主以外の存在への殺意しかない。


「ったく、アンドロイドってのはこれだから嫌いだ」


 シズマは銃を撃つために引き金にかけた指に力を入れた。

 だが、その瞬間に断末魔にも似た大きな軋んだ音を立てて、歯車の一つが弾け飛ぶ。爆発の衝撃を受けて緩んでいた物が、外の歯車の回転により破損したためだった。

 床に落ちる歯車が、スローモーションのようにシズマの網膜に焼き付く。


 銃が無ければレーヴァンとは戦えない。だからといって、エストレを見殺しにすることは出来ない。だが今から走っても二人の間には距離があり、到底間に合うとも思えなかった。


 殺し屋として生きて来たシズマは、人を助けるための反応速度が圧倒的に不足していた。それが十分に培われていれば、イオリを、フリージアを、あるいはスラストすら助けることが出来たかもしれない。何もかも今更だとシズマは理解しながら、喉元に迫り上げる苦渋を飲み込むことが出来なかった。


「エストレ!」


 叫んだその先で、エストレは腕の怪我を押さえながら上手にウインクをしてみせる。イオリのとは違い、まだ生に執着している者特有の研ぎ澄まされた空気を纏っていた。


 レーヴァンは関節を軋ませながら、刀を振り下ろす。エストレは覚悟を決めたように口を堅く閉じたと思うと、刃が到達する直前に真横に跳躍した。そのままシズマの方に駆けながら、傷を押さえていた右手を離す。


「バースデーじゃあるまいし、そんなに時化た顔するもんじゃないわ」


 右手が振り切られ、何かが宙を舞った。


「歯車なら、私が沢山持ってるもの」


 血と共に投げ出されたエストレの歯車は十数個あった。大小様々なそれがシズマの視界に入ってくる。その中から、シズマは反射的に手を伸ばして一つだけを掴み取った。


 何度も分解しては組み立ててきた愛銃。スラストに怒られながら叩き込まれた一つ一つの歯車の形状と動作。シズマは考えるまでもなく、どの歯車があれば銃を再び動かせるか知っていた。


 銃に歯車を嵌める刹那、レーヴァンが再び怒りに満ちた声を上げる。それは何かの言葉だったのかもしれないが、少なくとも人間であるシズマには壊れたオーディオが上げる不協和音にしか聞こえなかった。


 レーヴァンの刀がエストレの身体に振り下ろされる。シズマがその脳天に銃口を向けた時、エストレを庇うように一つの影が飛び込んだ。


 刃は影に食い込んだが、悲鳴もなければ血の一滴すらも出なかった。ただ、通常のアンドロイドがそうであるように、けたたましいビープ音を部屋中に響かせただけだった。


「パパ」


 エストレが茫然と呟くのを聞きながら、シズマは歯車を回す。まるで誂えたかのようにしっかりと収まった歯車がギチリと鳴り、アンドロイドを殺すためのスパーク弾が最大出力に調整された。


「そろそろ休戦しようぜ、レーヴァン。続きはまた今度だ」


 光が銃口から放たれ、レーヴァンの額を正確に撃ちぬいた。

 一瞬だけレーヴァンが睨みつけたかのように見えたが、壊れかけた筐体と部品がもたらした錯覚かもしれなかった。ゆっくりとその体は仰向けに倒れ、何かが割れる音と共に完全に停止する。


 シズマは暫くの間、銃を突き付けていたが、二度と動かないことを確認すると大きな溜息をついた。戦闘時間は十分にも満たないにも関わらず、数年分の戦争をしたかのような疲労感が体を巡っていた。


「パパ、どうして」


 疲労の中に埋まりかけた意識を、エストレの戸惑った声が引き戻す。

 娘を庇って自分が作り出した殺し屋に斬られたアンドロイドは、警告音を鳴らしながら何度も「再起動」を繰り返していた。

 シズマはそれが人間で言うところの「危篤」であることを知っていた。


「……お前の父親は、アンドロイドや人間の違いを抜きにしても、お前のことを愛していたんだ。だからお前のことを護った」


「本当にそう思う?」


 疑心を滲ませた言葉に、シズマはわざと投げやりな態度で肩を竦ませた。


「別にプログラミングされた「防衛」システムってことにしてもいいぜ。好きなほうを選びな」


 エストレは次第に静かになっていく警告音に耳をすませるように黙りこんだ。父親の最期を全てその目に焼き付けるように、嗚咽を飲み込みながら決して顔を逸らすことはなかった。

 やがてカインの身体が、甲高い警告音と共に動かなくなる。エストレはいつの間にか目から溢れていた涙を手で拭うと、シズマの方に振り返った。


「じゃあ私の都合の良い方に解釈するわ。だって私は人間だもの」


「そうか。……場所を移動しよう。此処も危ない」


 研究所は未だに燃え続けていた。

 その何処かにフリージアとイオリがいる筈だったが、化学薬品に引火して真っ黒になった煙の向こうは、どんなに高性能なスコープを用いても見ることは叶わない。

 有毒なガスが発生する危険性もあり、いつまでも留まっていることは出来なかった。


「さて、お姫様。何処に行く?」


「屋上に行きましょう。パパが昔よく連れて行ってくれたの」


 エストレは立ち上がると、父親だった残骸をもう一度見下ろした。


「さよなら、パパ。失敗作なんて言ってごめんなさい。私は二人が作ってくれた私が大好きよ」

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