7.躊躇いを斬る

 無数の銃弾がレーヴァンの身体に降り注ぐ。人工筋肉を貫き、中の骨格まで到達した時の乾いた音が部屋に響いた。

 アンドロイドは人間に近い見た目に作られているが、それでも部品の強度を高めるために合成金属などが使われている。玩具店の時に使ったマグナムは威力が強いために貫通してしまい、わかりにくかったが、それよりも威力の劣る散弾では、人体を撃った時との違いが歴然としていた。


 関節部へ弾が入ったか、大きな音を立ててレーヴァンが仰け反る。散弾から身を護るために胸の前で組まれた腕には複数の穴が開き、そこからオイルが染み出していた。

 シズマは追撃のために威力の高いバースト弾に切り替えたが、撃とうとした一瞬、ある物が視界に入った。僅かに躊躇った次の瞬間、冷えた声が耳孔を貫く。


「臆したな」


 散弾をその身で受け止めてバランスを崩した筈のレーヴァンは、右手で近くのデスクを掴んで踏みとどまっていた。

 左手に握った刀が下から上へ振り上げられ、その切っ先がシズマの右腕を掠める。高周波による振動を伴った剣撃が鋭い痛みを脳にまで伝える。


 腕を抑えて数歩退いたシズマとは逆に、全身に銃撃を食らったはずのレーヴァンは涼しい表情で立ち上がった。その様子を見たシズマは忌々しさを込めて舌打ちをする。


「痛覚センサーを埋め込んでないのか」


 アンドロイドは機械であるため、人間のような痛みとは無縁である。だが、その筐体が損傷したり、内部の回路に異常が生じた場合にそれを感知するための痛覚センサーを搭載している。そのセンサーが異常を感知すると、被害拡大を防ぐために関節部の可動域が制限される。


 通常は搭載が義務付けられているが、レーヴァンはこの会社で作り出された違法アンドロイドである。殺し屋として不要な物が切り捨てられていると考えられた。

 部品の一部を床に落としながら、レーヴァンは大きく踏み込んで刀を振り下ろす。間一髪で避けたシズマだったが、爪先からわずか数センチのところに刀の切っ先が減り込んでいた。


「サーバを撃つのを躊躇った。そうだろう」


 レーヴァンは続けて半歩踏み込んで剣撃を放つ。シズマは最小限の動きで見切ると、刀の側面を目掛けて二発撃ち込んだ。いずれも布が裂けるような不吉な音と共に砕け散り、四方へと散る。


「子狐ちゃんが情報を引き出すまで、お前はサーバへ致命的損傷を与えるわけにはいかない。この戦場で、二重三重のハンデを負っているということだ」


「ハンデがあるぐらいで丁度いいだろ。俺は優しい性格なんだ」


 迫る刃を横に飛んで避けたシズマは、上に向けてレーザーガンを放つ。レーヴァンの頭上にあったモニタの一つが、アタッチメントを破壊されたために支えを失って落下した。

 シズマは散弾銃に切り替えた銃口をモニタへと向ける。落下の速度は非常に速かったが、それを見て焦らないだけの度胸は持ち合わせていた。


 レーヴァンが刀を横に払ってモニタを切り刻もうとした時、シズマの放った散弾がモニタの表面を砕いた。硝子に細かくヒビが入り、蜘蛛の巣のような跡が幾重にも出来る。そこに刀が振り落とされると、まるで爆竹か何か仕込んでいたかのように、小さなガラス片が霧散した。


 細かな破片が宙に散り、レーヴァンの身体へと食い込む。殺傷能力は低いが、非常に小さく鋭い物体。それが先の銃撃で作られた裂傷へと入る。痛覚センサーを搭載していなくても、破損を誤魔化せるわけではない。レーヴァンの腕が、明らかに意図しない方向に跳ねたのを、シズマは身を隠した作業台の影から見ていた。


「アンドロイドの殺し方ってのは色々あるんだよ」


 歯車を微調整しながら、シズマは少し離れた場所にいる少年を見た。一心不乱にキーボードを叩いている姿を見て、軽く舌打ちをする。

 作業台から腕だけを出して、レーヴァンの方向に弾を撃ちながら、そちらに向かって声を張り上げた。


「クソガキ、まだ終わらねぇのか! こちとら懺悔が済むどころか、天使のお迎えまで来そうだぜ!」


「じゃあその天使を全て撃ち殺せばいいよ。百匹撃ったら一機アップだ」


 イオリの背中側に座っているフリージアが、爆弾を片手でお手玉にしながら笑い声を零す。


「そりゃいいさね。何しろ流石のカラスも、レーヴァン相手には二回ほど死にそうだから」


「ほざくな、運び屋。てめぇは頼まれたことだけやっておけ」


 刀が振られる音を察知したシズマは、作業台の影から立ち上がる。レーヴァンはシズマとの間合いを詰めず、床の上で砕け散ったモニタを蹂躙するかのように刀を突き立てていた。


 予想が外れたシズマは眉を寄せる。まだ致命的な損傷を負わせるにはほど遠く、動きを止めるような攻撃もしていない。何よりも、レーヴァンは明確な殺意を持って立っていた。


 細かな傷が複数つけられた顔は笑みの形を作っている。琥珀色の美しい目が、一瞬だけシズマから外れる。何を見たか悟ると同時に、シズマは銃の引き金を引いていた。


「伏せろ!」


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