6.Bet one's Life
モニタに映し出された燃え盛る廊下を、レーヴァンが歩いていく。破壊されたロボット達が時折動くのが、なんとも哀れに見えた。
エストレはその映像から視線を逸らすと、父親の顔を見る。
「そんなに悲しそうな顔をしないでよ、パパ」
「エストレ。パパはお前を助けたいんだ。お前を死なせたくはないし、怪我もしてほしくない。それはわかるだろう?」
「えぇ、痛いほどにね」
「だからお前に手荒な真似もしたくない。例えいくつのものを傷つけても、失っても、パパはお前を助けるためなら何でもする。それが親というものだ」
カインはエストレの頬に手を伸ばす。人工皮膚の奥で人工骨格が小さく震えていた。娘の頬を撫でるその仕草は、子を想う親そのものだった。
「だから諦めることは出来ない」
「言っておくけど、反抗期じゃないわ。殴打一つで考えを改めるほど、私は大人じゃないもの」
「お願いだからパパの言うことを聞いてくれ。叩かないまでも似たようなことをしなければいけなくなる」
「麻酔薬でも注射して、寝ている間に施術をする? パパがそうしたいなら止めないけど、私は寝る前には化粧水と乳液の手入れを欠かさないのよ」
生意気な態度を変えないエストレを相手に、カインは苛立ったように眉間に皺を寄せた。だが娘に対して実力行使するのを躊躇い、どうにか言葉によって説得しようとする態度は変えなかった。
「殺し屋カラスと言ったね。あの男が本当にお前を人間にしてくれると思っているのか? ただの殺し屋にすぎない男が」
「少なくとも彼は、私の中のアンドロイドの部分は殺してくれるわ。人間の部分が道連れになるかもしれないけどね」
「パパはお前のことが理解出来ないよ」
「それは残念だわ。私は私のことを理解しているもの。ねぇパパ」
エストレは笑みを浮かべて、甘えるような声を出す。かつて同じ屋根の下で暮らしていた頃に、母親に内緒でアイスクリームを買いに行こうとねだった時と変わらぬ態度だった。
「賭けをしましょうよ」
「賭けだって?」
「だってこのままじゃ埒が明かないわ。パパはどうやら諦めてくれそうにないし、私だって諦められない。私にとっての生命線はカラスよ。彼が死ねば、人間になる道は絶たれる」
「彼の生死を賭けるというのか? パパはお前を底意地の悪いギャンブラーに育てた覚えはないよ」
「自信がないなら降りていいのよ」
親子は互いに口を噤んで見つめあう。
エストレは決して父親を憎んでいるわけではなかった。最愛の母親を殺されたという事実が存在しているにせよ、それに対して怒りは持っているにせよ、愛情とは別物だった。
愛ゆえに両親はエストレを生み出し、愛ゆえにその道を違えた。
「……わかった。乗ろう」
カインは根負けしたように承諾を返した。
カインは自分の妻であった女を殺すつもりは毛頭なかった。だが、アンドロイドの自分の心を射止めた、カンベ・ストラ・マリアベルという女のことを少々見くびっていたことは確かだった。
エストレを護るために徹底抗戦したマリアベルは、彼女を襲ったアンドロイド達の「許容範囲」を超えてしまった。アンドロイド達はその抵抗に身の危険を感知し、自己防衛のためにマリアベルを殺した。
それでも娘のことを諦めようとしなかったカインにとって、この賭けに乗ることはマリアベルに対する一種の贖罪でもあった。
「結果が出る迄、少し暇ね。昔のようにチェックボードでもする?」
「辞めておくよ。エストレが勝つまで付き合わされるんだからね」
「あら、今なら私が勝つかもしれないわ」
「アンドロイドにボードゲームで勝つのは不可能だ」
「つまりアンドロイドになったら、ボードゲームが楽しめないということね。余計に人間になりたくなったわ」
エストレはそう言って肩を竦めながら、再び監視モニタを見た。
画面の右上には「第一研究室」と文字が浮かんでいる。装置やデスクなどが並んだ薄暗い映像の中、複数の火花が散るのが見えた。
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