5.最終決戦の始まり

 開け放たれたままだった研究室の出入り口に一つの影が立つ。しかしそれを室内にいた三人が認識する頃には、既に中に入り込んでいた。

 入口近くにあった作業台へ飛び乗ったレーヴァンは、砂色の髪を靡かせるに任せ、琥珀色の両目でシズマを見下ろした。


「人の住まいを、よくもあれだけ荒らしてくれたものだ」


 その言葉が廊下の惨状を示していることは明らかだった。シズマは銃を構えたまま肩を竦める。


「何、チャイナフード店をオープンテラスにしてくれた礼だ。気にするな。それよりこの会社は客に茶の一つも出さないのか?」


「これは失礼。不勉強だった。最近は不法侵入者に即席のカフェを開くのが礼儀とはな」


 レーヴァンはフリージアを一瞥すると、目を細める仕草をした。それは人間がするような怪訝な表情とは異なり、単に視野の調整を行ったことによるものだった。


「占い師の格好に、あの爆弾か。運び屋「フリージア」だな?」


「君に知られているとは光栄さね」


「半年前にレッドゴーストに殺されたという噂が流れていたが、あれはカモフラージュか」


「地獄の門番に占いを持ち掛けたら追い返されたんさ。あいつら冗談が通じないさね」


 その返答に、レーヴァンは「クヒッ」と独特な笑い声を零すと、左手に持った刀を二人へ向けた。


「最後に一度問う。今退けば見逃してやるが、どうする?」


「嫌なこった」


「お姫様からの頼みだとしても?」


 レーヴァンはシズマを試すような口調で言った。シズマは左眉を持ち上げて、おどけた様子で切り返す。


「俺を生かすために、エストレがそんなことを提案したって言うのか? どうやら冷たい都会にも人情ってもんがあるらしい」


「お姫様はお優しいんだろう。俺としても、お前の死体を片付けるのは面倒だから、黙って消えてくれた方が助かる。どうだ? 悪い話じゃないだろう?」


「確かに良い話だ」


 シズマは一度構えた銃を下ろす。

 しかし、即座に親指で歯車を弾くと、銃口をレーザーガンへ切り替えた。再度銃口をレーヴァンに向け、口角を吊り上げる。


「それが本当にエストレが言ったならな」


 銃口から白いレーザーが放出され、レーヴァンの身体目掛けて飛ぶ。それを右側に跳躍して避けたレーヴァンは小さな舌打ちをした。


「拒否か」


「エストレがそんなことを言う訳ないだろ。寝言は寝ていても言うな」


 近くのデスクの影に隠れたシズマは、もう一度歯車を回す。ガチリと音がして、レーザーの威力が調整された。隣にある作業台の後ろに隠れたフリージアは、爆弾を片手にどこか余裕の表情をしているが、それは演技のように思えた。


 フリージアの目の前には、あの円柱とイオリがいる。レーヴァンの登場にも臆さず、キーボードを叩いている少年ハッカーを、フリージアは先ほどの「追加契約」に従って護るつもりのようだった。


「おい、運び屋」


「何さね、殺し屋」


「流れ弾で死ぬなよ」


「善処するさね」


 レーヴァンが動く気配がした。

 シズマは銃を握りしめると、デスクの影から半身を出し、立て続けに二発撃つ。薄暗い中でレーザーガンが、それぞれ違う軌道を描きながら飛ぶ。右肩を左足を狙ったそれを、レーヴァンは冷静に見切って前方へ大きく踏み込んだ。


 シズマは同時に飛び出し、銃の歯車を回しながら間合いへと入る。掌に馴染むほど使い込んだ銃を、どう操作すれば良いか、考えるまでもなく身体が覚えていた。

 視覚しにくい火薬弾に切替え、足元を目掛けて撃つ。レーヴァンが足場にしていたデスクに当たり、小さな火花が飛んだ。


「どうした? 威嚇射撃は何発も要らないぞ」


 レーヴァンはデスクを蹴って床に降りると、シズマの前にある四角い装置に刀を振り下ろした。電源を落とされて眠りについていた筐体が真っ二つに裂け、中にあった部品を撒き散らす。高周波ブレードの威力を改めて目の当たりにしながら、シズマは表面上は冷静を保っていた。


「俺が外したと思ったか? 残念ながらそれは違う」


 小さな歯車が噛みあい、再び銃口の形状が変化する。


「普通の銃なら近距離戦は向かないだろうさ。だが俺の銃は特別製だぜ」


 廊下でロボット達を一掃した散弾型のレーザーガン。遠距離では使いにくいが、近距離では絶大な威力を発する上、避けることは事実上不可能に近い。

 最新のコンピュータ制御を搭載したスチームガンでも、遠距離と近距離のモード変更は容易には出来ない。しかしカラス弐号は緻密に計算された歯車の動きだけで、それを可能としていた。


 シズマが何をしたか悟ったレーヴァンは目を見開く。その時には既にシズマは引き金を引いていた。


「花火大会の後はダンスと相場が決まってる。上手に踊ってくれよ、レーヴァン?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る