4.狼は野で死す

 エストレは静かに父親を見据えていた。

 部屋にはただ機械音と、モニタから偶に発せられる静電気の音だけが存在する。レーヴァンが部屋を出ていく時に扉を開けた一瞬だけ、凄まじい轟音が聞こえたが、それきりだった。


「私がレーヴァンに着いてきたのは、パパにお別れを言うためよ」


「アンドロイドを否定するのか? 一部の愚かな人間が、ただ有機物として生まれたことだけを誇りにするように?」


「違うわ、パパ。私はアンドロイドという存在を否定しているわけじゃない。私という存在を肯定したいだけよ」


「どうして生存確率の高い方を捨てるんだ。生きることが何より大事なはずだろう? パパはお前に生きて欲しいんだ。どうしてそれを否定する」


 エストレは首を左右に振る。


「ただ生きることは簡単よ。でも私はそれを選ばない。飢えた狼が人間に頭を垂れて、尻尾を振って飼い犬になるのを、私は「生きる」とは呼ばないわ」


「目の前に傷ついた狼がいたら私は保護をする。それは救済だ」


「そうね。じゃあパパはそうして頂戴。私はパパの手を噛んで、野に戻って死ぬわ。私はエストレ・ディスティニー。人間とアンドロイドの間に生まれた存在であり、どちらでもない。だから私は私の価値観だけで、この命を全うするの」


 エストレは悠然と床を踏みしめ、父親の方へ近づく。その足取りに一切の迷いは無かった。

 手を伸ばせば届く距離まで接近すると、少女は足を止めて、父親に向かって不敵な笑みを見せた。


「愛しているわ、パパ。だからもう諦めて頂戴」

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