13.私もその一つ
振動が床に響き、エストレはバランスを崩した。横から伸びた手が二の腕を掴んで、転倒を阻止する。
「ありがとう」
「礼はいい」
レーヴァンは切り捨てるように言うと、カインへ視線を向けた。
「カラスが入り込んだようだ。どうしますか」
「……排除しろ」
カインはそう言ったものの、エストレの手前であるためか少し小さな声だった。一度背を向け、壁に設置された監視モニタの電源を入れる。複数の画面が起動し、ビルの中の映像を映し出した。
「正面、裏口、非常階段に異常はないな。どこから入り込んだ?」
「カラスですからね。空を飛んで来たのかもしれませんよ」
「馬鹿なことを言うな」
不機嫌に吐き捨てたカインに対して、レーヴァンは肩を竦めただけだった。
画面には爆撃を受けたかのような廊下と、弾丸を打ち込まれたロボットの残骸が映っている。煙で視界の遮られる中、青いローブが画面の端を横切り、それに続いて背の低い少年が駆けて行った。
「子狐ちゃんと……一人増えてるな。面倒だからまとめて始末するか」
「イオリに手を出したら承知しないわよ」
エストレが鋭い声で制止した。
レーヴァンは鼻白んだ様子で眉を寄せる。
「大人はいいけど子供は駄目とでも言うのか? 差別的だな」
「私は人間だもの。平等じゃない考え方は得意よ」
恥じらいもなく言い切ったエストレに、レーヴァンはこれ以上付き合わないことに決めたようだった。何処か揶揄するような口調と共に、カインの方に首を向ける。
「社長、お姫様はそう言っているが、どうする?」
「無視していい」
「パパ」
エストレは父親を呼んだ。しかしその声音は懇願でもなければ哀願でもなく、ただ警告の色を帯びていた。
「来客は丁重に出迎えるべきだわ。そうじゃない?」
「可愛い娘。この会社はパパのものだ。入り込んだ邪魔者は排除するのが正当だろう。子供が口を出すんじゃない」
「それは妙だわ。だってシズマは私に会いに来たはずだもの。私のお客様よ」
「エストレ。いい加減にしなさい」
「いい加減にするのはパパの方よ。勘違いしてるみたいだから教えてあげる。私を思い通りに出来ると思ったら大間違いだわ。誰の娘だと思っているの?」
父親の言葉を遮ったエストレは、強い口調で言いきった。体の横に下ろしたままの右手の指を弾き、軽い音を部屋に響かせる。
「アイスローズはシズマを裏切ったのか、私はそれを考えていた。どうしても納得が出来なかった。だから私はシズマとの契約を明確には破棄しなかった」
「何を言っている?」
「シズマが此処に来たということは契約は破棄されなかったのよ。そして方法はわからないけど、セキュリティシステムを突破して侵入した」
体の中の歯車を高速で回転させるイメージで、エストレは再度指を弾いた。血管の中を血が凄まじい勢いで流れ、脳に思考する力を注ぎ込んでいく。
「あの占い師の恰好をした人は私は知らない。ということは私がレーヴァンと共にイケブクロを離れた後に合流したはず。此処に来るためにあの人が必要だったのかもしれない。では手配したのは?」
父親を見据えたまま、エストレは自問自答するように言葉を連ねる。その口調は淀みなく、誰の干渉も許さない響きがあった。
カインは戸惑いと共に、娘の口元を見つめていた。その頭蓋の中の認識回路が、視野にいないはずの元妻を検出していたのは、本人以外知らなかった。スラストの娘たる歯車の少女は、ただ自分の言葉のみを信じて話し続ける。
「私が去った後じゃ間に合わない。私が去る前に既に誰かが手配していた。それが出来るのはただ一人よ」
「何が言いたいんだね、エストレ」
「私がいなくても歯車は回る。今全てを理解したわ。ママは私すらも歯車の一つと見做したの。だからこれほど美しく回った。歯車には特別も欠落も許されない。だったら私も自分の役割を果たしてみせるわ!」
episode8 End and Next...
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