12.生死の確率
イオリが更に何か続けようとした時、廊下の奥から何かの起動音が聞こえた。
警報が短く断続的に響き、複数のモーター音が近づいてくる。フリージアがその音を聞いて口笛を吹いた。
「最小限のセキュリティが生きてたみたいさね。といっても警備員が丁寧に諭して追い出してくれるわけじゃなさそうだ。捕まったら一発レッド、この世から退場ってところ?」
「この音は知ってる。軍用キャタピラにスチームガンのデカいのを搭載した、無差別お掃除ロボットだ。駆動力は低いが、当たったら致命傷間違いなしだぜ」
「あはっ、大企業を事故物件にするのも悪くないかもよ」
諦めたようなことを言う口とは裏腹に、フリージアは両手に爆弾を構える。享楽にも似た光が両目に満ちていた。
「ほざけ。お前と同じ命日なんて死んでも御免だ」
シズマは銃を右手に持ち、歯車を弾いた。銃口の形が変形し、散弾銃を放つモードに切り替わる。廊下の先に意識を集中しながら、足元にいるイオリへと視線を向けた。
「おい、クソガキ。死にたくなきゃ此処で大人しくしてろ」
「置いていく気?」
「お利口に待ってれば、アイスキャンディーを買ってやるよ」
「そんなの要らない」
イオリは首を左右に振り、そしてしっかりとシズマを見た。
「そんなの要らないから、僕を母さんのところに連れて行って!」
生意気な少年の仮面が一瞬剥がれて、母親を慕う無垢な素顔が現れる。
シズマは初めてイオリの本心を見た満足感から、口角を吊り上げた。
「フリージア。こいつを連れて廊下を突破出来る可能性は?」
「不確定要素が多すぎて、どうにも言えないさね。占いで決める?」
肩を竦めたフリージアは、ローブの内側から一束のカードを取り出した。
すぐ其処までキャタピラの音は近づいていたが、二人は焦りを微塵も見せなかった。スチームガンは射程距離が長い。狭い廊下では避ける場所が限られてしまうため、長期戦は割に合わない。可能な限り引き付けて、速やかに排除する。
特に言葉を交わさずとも二人の意見は一致していた。
「ビジップカード占いをしたことは?」
素早くシャッフルをしながらフリージアがシズマに尋ねた。
「無いな。一枚抜いて決めるんだったか?」
「まぁ色々やり方はあるさね。一番的中率がいいのは、一枚適当に引いて、そのカードの番号を残った束の上から数えて、更に一枚引き、二枚の組み合わせで占うやつ」
「的中率なんてあるのかよ」
扇状に広げられたカードを差し出されたシズマは、一枚抜き取った。
「そりゃあるさね。一枚で占うより二枚の方が当たる。何だった?」
カードの見方がわからないため、シズマはそのままひっくり返して相手に見せる。
剣を持った男が描かれているが、古いカードのため所々色褪せてしまっており、詳細な描写まではわからない。
「あぁ、「死神」の正位置さね。「巫女」とか「魔女」が二枚目に来れば好転なんだけど」
「とんでもないもの引いたな。俺の悪運も大したもんだ」
「嘆くことないさね。たかが確率の話だから。「魔術師」や「人魚」を引くよりはマシ。えーっと死神は五だから……」
束の中から二枚目を引いたフリージアは、カードを確認すると一瞬だけ押し黙り、そして満面の笑みを浮かべた。楽しくて仕方がないと言うように、引きつった笑い声を零す。
「ビジップの祝福を。素敵な組み合わせが来たさね」
「もう一枚、死神でも来たか? それとも天使?」
「「騎士」とか「正義」なら笑えたけど。残念でした」
フリージアはカードを裏返す。そこには何も描かれていなかった。
「予備が入ってたさね。レアカードだから、坊ちゃんにあげよう」
「要らない……」
拒否を示すイオリを無視して、フリージアはその白いカードを、荷物の中に捻じ込んだ。
「まぁきっと良い事があるさね」
「ケッ、だから占いってのは信用出来ないんだ」
「人間っていうのは、信用できない物のほうが好きさね。その証拠に朝起きて夜寝る。明日なんていう信用性ゼロの日の為に」
「ほざけ」
死神のカードを投げるように返したシズマは、視線を廊下へ向けながら、何気ない口調で尋ねた。
「ところで、占い師はアンドロイドだけが出来る職業じゃなかったか?」
「推奨されてるだけさね。特例はある」
「お前、どっちなんだ?」
数時間前と同じ、しかし内容が違う言葉が向けられる。フリージアは左の首に大きく描かれた、まるで何かを隠すようなタトゥーを一撫でしてから、その問いに答えた。
「どちらでも好きに考えればいいさね。男か女か、人間かアンドロイドかなんて、今の状況に関係ある?」
「違いない」
銃を握りしめたシズマは、廊下へと飛び出した。
僅か十メートル先に迫っていたロボット達が、一斉に砲身を向ける。スチームガン特有の蒸気が辺りに広がり、微かな靄を作り出していた。
「一気に片付けるぞ!」
「あはっ! 了解!」
爆弾が投擲され、ロボットを一つ弾き飛ばす。それを皮切りに、三人は死地へと飛び込んだ。
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