11.純血の肌
「じゃあエストレはナノマシンで作られた人間ってことか?」
「正確には人造人間かな。そうでもないと、アンドロイドと人間のハーフなんて出来ないからね」
非常階段を昇りながら、シズマは舌打ちをした。夜の階段室はどんな音も最大限の共鳴を生み出す。
「エストレの奴、知っていて黙ってたな」
「単にオジサンが詳しいことを聞かなかったからじゃないの?」
「あはっ、それは言えてるね」
先頭を進むシズマは、踊り場で足を止めると最後尾のフリージアを振り返った。
「お前に俺の何がわかる。知り合ってから二時間も経ってないぞ」
「君のそういうところがわかりやすいんだってば」
男か女か判断のつかない中性的な風貌をした運び屋は、笑顔で返した。その右手にはいつでも投擲出来るように爆弾が握られている。
「お姫様には会ったことないけど、まぁ複雑な事情を逐一話す暇はなかったんじゃない? 運び屋の鉄則にもあるさね。「注文を受けたらすぐに出発、すぐに配達」ってね」
「それはピザ屋か何かの合言葉じゃないのか」
「違うさね。アイスクリーム入り死体の配達」
「心底どうでもいい。イオリ、お前はナノマシンのことを前から知っていたようだが、アイスローズが言っていた「天の祈り」に関係するのか?」
十八階のフロアに出るためのドアに手を掛けたシズマが尋ねたが、それに続いたのは人の声ではなく、ロックの掛かったドアが抵抗を示す音だった。
「電子ロックだね? 僕が開けるよ」
ドアの横についたパスワード入力用のパネルに、イオリは荷物から取り出したロック解除用の装置を繋ぐ。此処に来る前から用意していた物らしく、コードに巻き癖がついていた。
慎重に、しかし素早い動作でロック解除のパスコードを探りながら、イオリは話の続きを口にした。
「天の祈り……。この国の古い公共語で言うなら「テンノイノリ」。略号にするとTNI。それに別の言語で訳した言葉をつけ足して「TNI-HOPE」」
「あれ? それどこかで……」
フリージアが眉を寄せて首を傾げたが、すぐに「あっ」と階段室に響く声を出した。
「静かにしろよ。笑い袋より堪え性がない奴だな」
「ごめんごめん、挙動が大きいのは仕事柄さね。それより、坊ちゃんが言ったのは、ここで作っている人工皮膚の型番だよ」
「人工皮膚の型番? それにナノマシンが使われてるってのか?」
「いや、そんな話は聞いたことないさね」
パチリ、と見た目から想像できない可愛らしい音と共に電子ロックが解除された。イオリは装置を回収すると、ドアノブを掴んで内側へ引く。
「……今は使われてない。TNI-HOPEが出来た頃だけだよ」
十八階の廊下の空気が階段室に流れ込む。薬品の匂いが混じった不快な匂いだったが、アンドロイドにはあまり関係のないことなのかもしれなかった。
「こんな噂聞いたことない? 「人間の皮膚を特殊な薬品に漬けると、上質な人工皮膚になる」っていう噂」
「都市伝説で聞いたことあるさね。その亜種として「純血の人間の皮膚は最も価値がある」っていうの、も……」
フリージアが自分の言葉に引っ掛かりを覚えて言い淀む。イオリは寒々しい廊下を睨みつけながら、喉奥から憎悪を込めた声を吐き出した。
「薬品じゃなくてナノマシンだ。人間の皮膚の細胞をナノマシンで化学繊維に作り変えて、そして培養と実験を繰り返した。八年前に死んだ、アマノ・イノリという純血の女性の皮膚を使ってね」
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