5.深夜の疾走

「お姫様は本社ビルに入ったようさね」


 シズマは耳にはめた骨伝導イヤホンから聞こえた声に我に返った。前方で青いローブが風に翻り、その真横を道路修繕のロボット車両が通り過ぎていく。


「聞いてる? ボーっとしててロボットアームにはじき出されても知らないさね」


「聞いてるさ。エストレがヒューテック・ビリンズに入ったんだろう?」


 時刻は夜の二時を回っていた。ルート24号は、輸送トラックとロボット車両ばかりで、シズマ達が今乗っているようなバイクを使う者の姿はない。

 ハンドルを握りなおしたシズマはアクセルを踏んで加速する。それに驚いたのか、腰に回されたイオリの両腕がビクリと動いた。


「狐を振り落とさないようにね」


「後ろに目でもついてるのか、お前は」


 前方を走るフリージアは、返事の代わりにバイクのサイドミラーを指の関節でノックした。


「目と言えば、右目の具合はどうさね?」


「痛くはなくなったが、開くのは無理だな。なんだ、心配してくれるのか?」


「いや、そういうわけじゃないけど。右目が使えないのに銃が撃てるのかなって不思議に思っただけさね」


 冗談に対して生真面目に答えたフリージアに、シズマは肩透かしを食らう。見た目も喋り方も軽率ながら、本質は真面目なタイプのようだった。


「片目のほうが精度が上がるんだ。撃ったことないのか?」


「無いわけじゃない。まぁ支障がないならいいさね。本丸に乗り込む前にドジして死んじゃった、なんて詰まらないから」


「どうやって乗り込むつもりだ? こんなバイクまで用意して、まさかピザの宅配便の振りでもしようって言うんじゃないだろうな?」


 イヤホンからフリージアの笑い声が聞こえる。


「ハロー、シーフードレモンピッツァをお届けにあがりました。お熱いうちに召し上がらないと、中に仕込んだ手榴弾が爆発します……ってね。そんな古典的な手を使う運び屋が今どきいると思うさね?」


「思わない」


「ちょっとそれに似たことも考えたけど。何しろアイスローズの姐御と来たら、ほんの数時間前に依頼してきたさね。この単車ぐらいしか準備出来なかったよ」


 坂道に差し掛かると、フリージアが何も言わずに加速した。シズマはそれを追いながら声を少し大きくする。


「じゃあ、どうするつもりだ?」


「下から行くには障害が多すぎる」


 加速により生じた風音に負けじとするように、フリージアも声を張る。


「24号はこの先で、都空ハイウェイと隣接する。そしてそのハイウェイは、ヒューテック・ビリンズ本社ビルを跨ぐようにして、ヨヨギ方面に向かう。言っている意味、わかるさね?」


「フライハイしようってのか!?」


「サンタクロースが煙突から入るのは、そこがセキュリティホールだからだよ。自分の経験から言えば、成功率は5パーセント。十分な勝率さね」


 シズマは相手の余裕の口調に、喉元までこみ上げた文句を飲み込んだ。代わりに短い笑みを零し、同意を示す。


「0パーセントでないだけマシだ。95パーセントはサンタクロースにでもくれてやれ」


「君、度胸はあるよね?」


「無い奴は殺し屋なんかしないだろ」


「あはっ! そう来なくちゃ!」


 坂を上りきると、左側にハイウェイが見えた。境界は一メートルほどの高さの柵と、フェイクツリーで遮られている。乗り越えられない高さではないが、一瞬でも躊躇すれば柵か木にタイヤを取られる。

 しかし、フリージアは迷いもせずにそこに向かってアクセルを踏み込んだ。


「君たちを届けるのが自分の仕事さね。だから、信じてついて来て!」


 その言葉と共に、フリージアの乗ったバイクが宙を跳ぶ。綺麗な放射線を描き、テールランプを煌めかせながら、車体はハイウェイへと着地した。


 後続するシズマは、アクセルにかける力を維持したまま、同じ軌道へ突っ込む。前輪を軽く浮かせ、体重を前方へ。一瞬だけ体が後方に引っ張られるような感覚があったが、エンジンによる加速の力がそれを振り切った。


 ハイウェイの少し硬い路面に前輪が着地する。ギッと強い摩擦音が聞こえたが、車軸を乱すことはなかった。内臓が押し上げられるような衝撃に、シズマにしがみついたイオリが小さな悲鳴を上げる。

 再びバイクが真っすぐに走り出すと、イオリが大きな溜息をついた。


「ハンバーガーを噴射するところだったよ」


「俺の背中にぶちまけたら、殴ってやるからな」


 イオリがわざとらしく吐き真似をする。

 ハイウェイも殆ど車の通りはない。既に数十メートル先を行くフリージアが手を振るのを確認して、シズマはそれを追いかけた。

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