9.歓迎されない訪問

「邪魔するぜ」


 礼儀として声を掛け、体を滑り込ませる。エストレとイオリが少し遅れて続くと、シズマは足で戸を蹴るようにして閉めた。ガシャリと騒々しい音がして、築何年かわからない店の戸は不格好に閉ざされる。


「……随分まぁ、お行儀のよい訪問だ」


 醤油と油の混じった匂いが漂う店の奥で、コーノ・マサフミは驚いた顔をしていた。


「あんたには一日の猶予をくれと告げたはずだ。違ったか?」


「それがそうも言ってられなくなった。あんたも命が惜しければ、スーパーライナーばりのスピードで仕事を仕上げるんだな」


「そんな遅くていいのなら、食事の後でもいいか?」


 店のテーブルの上には、シズマの銃は組み立て途中で放置されていた。

 マサフミは食事中だったようで、別のテーブルにラーメンや餃子が並んでいる。どれも湯気が立っていて、食欲をそそるニンニクの香りが漂っていた。


「それを最後の晩餐にしたくないなら、大急ぎで片付けるんだな。これは俺の切実たる「お願い」だ」


 シズマはそれらの食事から目を逸らし、マサフミを見る。赤ら顔の男は、細い目を一度見開いたが、思い直したように目尻を下げた。


「レーヴァンに追いつかれたか」


「察しがいいな。巻き込まれたくはないだろう?」


「勿論。清く正しく美しく。それが先祖代々の教えでね」


 マサフミは頭を掻きながらテーブルを移動したが、ふとイオリに気付いて首を傾げた。


「その子は?」


「途中で拾った。気にするな」


「気にするなと言われたからにはそうするが、子連れとはまた変わった趣味だな。「冥府魔道に生きる親子ゆえ」か?」


「趣味じゃねーよ」


 マサフミは太い指で銃のパーツを摘まみ上げる。一つ一つ磨いたのか、それらはシズマが記憶しているよりも鋭い輝きを放っていた。


 丁寧に、花弁でも扱うかのように取り上げ、次々と銃へ組み込んでいく。その動きには無駄がなく、優雅ですらあったが、素早いという言葉ですら意味をなさぬ程に瞬く間に銃が元の形を取り戻していく。


「もう少し触っていたかったんだがね。あぁ、勿体ない」


「また必要があればあんたにメンテナンスを依頼するさ。前に頼んでた奴がいなくなったからな」


「あぁ、それなんだが……」


 シズマの言葉にマサフミが顔を上げる。尚も手は動かしたままだった。


「前のメンテナンスをしていたのは、どんな技術者だ?」


「それを知ってどうする?」


「個人的な興味だよ。手入れの痕跡からして、非常に仕事が丁寧だ。俺とは違う「愛着」で触れていたのがわかる。いや、「愛情」か」


 どこかの流行歌で聞くような台詞に、シズマは鼻で笑った。


「銃からそれがわかるって? 驚いたな、あんたはサイコメトリーの才能まで持ってるのか」


「丁寧に扱っているかどうかなんて、猿程度の脳みそがあればわかる」


 比較的ストレートに嫌味を投げられたシズマは、一瞬言葉を飲み込む。マサフミの手の中にある銃を一瞥すると、溜息をついて頭を掻いた。


「女だ」


「その技術者が?」


「そうだ。いつもは「スラスト」とか名乗ってた。カラス弐号を作っていたカンベ・オウリの養子だとか言っていたが、眉唾もんだな。教師みたいな女で、俺の銃の使い方が雑だのなんだの、煩い奴だったよ。何処に消えたんだかな」


「スラスト……?」


 マサフミが手を止める。細い目を精一杯見開いて、そして何度も瞬きをした。


「そう名乗っていたのか、その女は」


「俺より十と少し年上だった。知っているか?」


「カラクリ銃器の天才、カンベ・オウリは子供がおらず、晩年になってから一人の少女を養子とした。本名とは別に「スラスト」と愛称をつけて可愛がっていたそうだ。あくまで噂だが、もしその技術者が同一人物だとしたら……」


 突然、ガラスが砕ける音が店内に響いた。

 シズマが振り返ると、出入り口のガラス戸の一部が破壊され、その中央から銀色に輝く何かが突き出していた。


 それが刀だと気付くと同時に、シズマは腰のリヴォルバーを抜いて、立て続けに引き金を引く。砕けたガラスの残骸が更に飛び散る音はしたが、手応えはなかった。


「伏せろ!」


 シズマの声に従い、エストレはその場にしゃがみ込む。だが傍にいたイオリは、僅かに反応が遅れた。

 ガラスを蹴破って入ってきた来訪者は、茫然と立っている少年を見逃さなかった。細かいガラス片を散らしながら大きく一歩踏み込み、刀を振りかぶる。シズマは銃口を向けたが、引き金にかけた指に力を入れるより先に、刀の先がイオリの耳を掠めて、背後の壁を貫いた。

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