7.同時刻、ある場所にて

 指先で撫でた首筋の皮膚は、その下にある骨格金属を包み込むように柔らかい。人工筋肉が指を押し返す感触が、センサーを伝って人工知能に到達する。

 レーヴァンはその行動を何度も繰り返しながら、目の前に置かれたモニタに次々と表示される情報を眺めていた。


「カラスはどこに逃げた」


 その背後から硬質な声が響く。レーヴァンはそれが、壁に埋め込まれたスピーカーからの音声だと知っていたため、振り返ることはなかった。


「今、探しているところです」


「あの忌々しい殺し屋のせいで、お前を使う羽目になった。何としても捕らえろ」


「その忌々しい殺し屋を雇ったのは、お姫様だと伺っていますが」


 四方をコンクリで囲まれた部屋に、端末からの電子音が反響する。

 ヒューテック・ビリンズの中にあるレーヴァンの個室には、殺し屋稼業に必要なもの以外は殆ど置かれていない。企業の利益のために製造され、殺戮機械キリングマシンとしてメンテナンスとインストールを繰り返されたアンドロイドにとって、その仕事に関わるもの以外は全て「余計なもの」だった。


「オギノ玩具店で仕留められなかったのは、手痛いミスでした。理解出来ないのは、あのアンドロイドです。意味不明な理由で、俺に銃を向けた」


 壊れかけた筐体を刀で貫いた時の感触が、まだ記憶領域メモリに残っていた。あと数時間もすれば揮発して失せるだろうが、その数時間すら煩わしく思うほどに、レーヴァンは苛立っていた。


 力の差は歴然だった。フィルは何発かをレーヴァンに撃ち込むことは成功したが、所詮は素人だった。急所がどこかもわからない、ただ鉛玉をねじ込むような攻撃が長続きするわけもない。


 弾切れのタイミングで、レーヴァンはフィルの間合いに入って刀を振り下ろした。頭蓋のチップごと割るつもりで下ろした刃は、フィルが少し避けたために耳を削ぎ落して、肩から胸部へとめりこんだ。

 無駄足掻きでしかない彼女の行為を嘲笑い、追撃しようとしたレーヴァンに、フィルは死にかけとは思えないほど鮮やかな笑みを見せた。顔の一部が剥がれて、オイルと銅線が飛び出し、見るに堪えない無様な死に顔になるのはわかりきっていた。それにも関わらずフィルは満足そうに笑っていた。


「レーヴァン」


 再び、硬質な声がレーヴァンを現実に引き戻す。


「一刻も早く、エストレを私の元に連れてこい」


「わかっています」


 モニタが切り替わり、イケブクロの駅周辺の地図が映し出された。

 ウッドペッカーの監視画面がその上に次々と展開し、更に防犯カメラやセンサーの情報も上書きされていく。


「すぐに貴方のところに連れていきますよ。大事な大事なお嬢さんですからね」

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