6.ルートの模索
二人を連れて階段を駆け下り、几帳面に挨拶をするアンドロイド達の前を横切って外に出る。丁度、深夜稼働のトラックが目の前の道を走り抜けていった。
「イオリ。今から言う場所に、防犯カメラに一切映らずに行けるルートを探し出せ」
「何だよ、さっきから。どこに行くって?」
イオリは不機嫌に言いながらも、自分の端末を荷物から取り出していた。
「イケブクロは防犯カメラが多いから面倒だよ。場所によってはカメラをクラッシュするしかないかも」
「そんなの、そこを通りましたって教えるようなもんだろ」
シズマがチャイナフード店の場所を教えると、イオリは画面に出した周辺地図のデータからそれを探り当てた。
店の場所に小さな狐が座り込み、何度か遠吠えするようなしぐさをする。すると画面上に様々なルートが蛍光色の線で表示された。
「これがデータ上は安全とされているルートだよ」
「引っ掛かる言い方だな」
「あくまで公式なデータだからね。店や施設が取り付けた防犯カメラやセンサーについては全体の七割しか載っていない」
端末のキーボードが素早く叩かれ、いくつかのルートが消滅する。
「これがACUAから抽出出来た防犯カメラのデータを上乗せしたものだよ。これでも完璧じゃない。……エストレ、あんたならどうする?」
イオリの肩越しに画面を覗き込んでいたエストレは、名前を呼ばれて顔を上げる。若干疲れが滲んではいるが、その目の光は昨日から変わらず強い。
「ACUAから抽出するだけじゃダメ。そういうことね?」
「管理者からアドバイス。抜き出せるものは全て抜き出すこと。噂は一秒毎に変質する」
「貸してもらえる?」
エストレが端末を指さすと、イオリは素直に差し出した。眼鏡を指の関節で押し上げて、ニィと唇を歪ませる。
「光栄に思いなよ、エストレ・ディスティニー。僕が自分のマシンを人に貸すなんて滅多にないことだからね」
「えぇ、ありがとう。呼び捨ては頂けないけど」
「フレンドリーってやつだよ。どっかの国の大統領が、安っぽく言ってるアレさ」
端末を受け取ったエストレは、ソーシャル・ネットワークの一つ「
そこでは皆、自分で撮影したものと一緒に「ショートダイアリー」と呼ばれる短い文を載せる。利用者同士でメッセージのやり取りをすることも可能になっており、「噂話」もそこに多く絡んでいた。
「でも貴方、フィルのことは「オギノさん」と呼んでいたわ。彼女には敬意を?」
P!ngの裏に張り巡らされたACUAへアクセスしながら、エストレは問いかける。無数の映像情報と文字列に対しフィルタ処理を行い、欲しい情報を手に入れるための手順を踏む。エストレにとってそれは、少々難解な試験に臨む程度の労力しか要しない。だからこそ、このような世間話のような質問も出来た。
「アクセスレベルが浅すぎる」
そんなエストレに対して、イオリは解答ではなく指摘を先に行った。
「その方法を用いるなら、一つのアカウントをターゲットにして深くアクセスするべきだ。基準点を作ることで、ACUAの情報は収集しやすくなる」
「どのアカウントでもいいの?」
「あんたが自分の欲しい情報がわかっているなら、そんな質問は出ない筈だけど。あまり僕をガッカリさせないでよ」
イオリの眼鏡に、トラックの黄色いライトが映りこみ、線を作って通り過ぎていく。この時間のイケブクロは深夜トラックの集会場であるかのように、人より多くのトラックが行きかっていた。
「オギノさんとはオクトパスで知り合ったんだ。劣化した筐体や入力端子を格安で引き取ってた。調べたら面白い店をやってるようだったから、興味本位で覗きに行ったんだよ」
過ぎ行くトラックを見ながら、イオリは小さな声で言った。どこか懐かしむような口調だったが、それはまだ幼い少年には不釣り合いだった。
「あの人は僕に何も聞かなかった。何も言わなかった。ハッキングに必要な道具もそろえてくれたし、店の隅に僕が作業するための椅子まで用意してくれた」
「どうして? 貴方がよほど良い客だったのかしら」
「さぁ、知らないよ。僕がやったことと言えば、彼女の話を聞くことぐらいだったから。前の店のオーナーとの思い出話とか、客の愚痴とか、店にネズミが出たこととか、その程度のことだよ」
でも、とイオリは言葉を繋ぐ。
「話を聞き終わった僕に、彼女はお礼を言ってくれるんだ。それが好きだった」
「アンドロイドに優しくされて、情が生まれたか」
意地悪くシズマが尋ねる。だがイオリは意外にも素直に「そうだよ」と答えた。
「だってそれが人間ってもんでしょ。オジサンは違うわけ?」
身に覚えがあるシズマは、そう問われて黙り込む。玩具屋で果てたアンドロイドは、確かに人間の心を揺り動かすだけの気高さを持っていた。
「出たわ」
エストレの声が二人の会話に割いる。抱えたノート型端末に表示された地図には、一本のルートだけが残っていた。その上を小さな狐が、音符のオブジェクトを撒き散らしながら走っている。
「P!ngでイケブクロ界隈を撮影しているユーザの情報を、ACUAを使って吸い上げた。そして彼らが好みそうな「噂話」を流したの」
「どんな噂話だ?」
「幻の生き物の目撃情報よ。彼らはきっと、その写真を撮ろうとして集まる筈。そうすれば、いつもと違う人の流れがイケブクロに生まれる。彼らをカモフラージュにすれば、防犯カメラのあるエリアを抜けられるわ」
「敢えて危険なルートを混ぜ込んだってわけか。でもそんなに都合よく行くか?」
あくまで懐疑的なシズマに対し、イオリが楽しそうに声を弾ませる。
「完璧だよ、エストレ。ACUAは特定の人間に対して噂話を流すことも可能だ。あんたの手法は相変わらず粗削りだけど、悪くはない。管理者として補償するよ」
「それはありがとう。安全なルートを選んだから、時間がかかるわよ。早く出発したほうがいいんじゃない?」
「補償でも賠償でも結構だがな、俺たちは先を急ぐんだ。感謝も懺悔も後回しと行こうぜ」
シズマは二人を促して歩き出した。
一歩でも一秒でも早く、敵を出し抜く。それしか勝ち目はない。此処から先は一瞬の油断も許されないことを、シズマは悟っていた。
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