5.高いボトルの中身
「一番いいのは、お嬢ちゃんと一緒にしておくことだね。そうすれば少なくとも殺されることはない」
「まぁそれが妥当か」
このまま逃げ回っていても埒が明かないし、エストレを人間にするための技術が手に入るわけでもない。
手掛かりになる「人間をアンドロイドにする技術」はヒューテック・ビリンズにあるとイオリが断言した。あの口ぶりからして嘘ではないだろうし、それを手に入れる能力も有しているに違いない。
イオリを危険な目に合わせず、それでいてシズマの邪魔にならないようにするには、エストレの傍に置いておくのが一番都合がいい。レーヴァンもエストレを怪我させるつもりはなさそうだったし、他の連中も然りだろう。
そこまで考えて、シズマは大袈裟な溜息をついた。
「子供連れでアンドロイドを殺しに行くなんて初めてだ」
「レーヴァンを殺すつもりかい?」
「あいつを半殺しなんて器用な真似は俺には出来ない。本気でやらなきゃ、こっちが死ぬ」
「あの滑稽な銃でかい?」
「今は預けてある。調整が必要だったからな」
アイスローズは「おや」と可笑しそうに口を開いた。
「こんなところで悠長にしていていいのかい、カラス」
「どういう意味だ」
「あんたは銃を買いに行って、レーヴァンと鉢合わせしたんだろう? 奴はあんたが愛用の銃を持っていないことを知っているんじゃないか。だとしたら、それがある場所に向かっていても可笑しくはないと思うけどね」
シズマは相手の言葉を理解すると、舌打ちをして立ち上がった。
「確かにそうだ。どうやら俺の脳みそはエアチョコレートより軽くて甘いらしい。俺の銃のことは殺し屋界隈ではよく知られている。メンテナンスを行える人間も限られてる」
「気付いたなら、早く向かうことだね。あの銃が無ければ、あんたは二年前のアキハバラで「ゴスペル」に殺されてただろう。それほど重要な武器だ。敵に渡すわけには行かない」
「忠告感謝する。金が手に入ったら、あんたの店で一番高いボトルを入れさせてもらうよ」
シズマは自分が座っているソファに足をかけると、緩んだクッションを蹴り飛ばした反動でテーブルを飛び越えて、通路の上に降り立った。元から丁寧なつくりはしていないであろうファストフード店のテーブルは、突然の衝撃に戸惑うかのように、煩く揺れ動く。
「うちで一番高い酒は、ヘンリー四世だよ」
「その空き瓶に水を入れたやつだろ?」
「悪いかい? 水こそ最も人を惑わす飲み物だからね」
トイレの扉が開いて、エストレが出てきた。シズマが立てた物音を勘違いしたのか、その表情は微妙に強張っている。
紺色のショートワンピースと花柄のスパッツという出で立ちに変わったエストレは、それに合うように髪型もハーフアップに整えていた。銀色の髪に映える鼈甲色のバレッタが、トイレの鏡に反射してシズマの目に映る。
「その髪飾りは?」
「一緒に入ってたの。それより今の音は?」
「何でもない。今からコーノの野郎をせっついて、俺の銃を受け取る」
エストレが抱え込んでいた紙袋を取ったシズマは、中に入っていた黒い上着だけ取ると、自分が今まで羽織っていたものと交換した。
「急ぐぞ。アイスローズ、また連絡する」
情報屋の女はヒラリと手を振ってそれに応えた。
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