4.レーヴァンの正体

 店内に流れる音楽が切り替わる。数年前にミリオンヒットを飛ばした後に死んだ、天才トランペッターの曲だった。激しく、それでいて繊細なメロディが、二人の上に降り注ぐ。


「……首にバーコードは無かった」


「そう。レーヴァンの情報をかき集めても、そういった物は出てこなかった。でも同時に、彼が人間だという情報もない。あんたみたいに、不幸な生い立ちがデロデロとエイリアンの卵みたいに出てくるわけでもない」


「そんなに出てくるのか。俺も人気者の仲間入りだな」


「トイレで生まれたって本当かい?」


「そんな上等な場所で生まれた覚えはないな。ウォシュレットを産湯にしてたら、今頃もう少し綺麗な生き方をしてる。俺の産湯は父親のゲロさ。といっても母親の五番目の愛人だけどな」


「あんたはアンドロイド嫌いの人間だって知れ渡ってるから、まぁ噂が多いのも理解出来る。でもレーヴァンに関しては噂の一欠けらだって、人間らしさってもんがない」


 噂、という単語にシズマはうんざりした気持ちで溜息をつく。

 エストレと出会ってから一日と少し。それにも関わらず、一生分の「噂」を聞いた気がしてならなかった。噂話だけで出来たネットワーク。それを操作出来る、都市伝説で語られるような少女。そしてその胡散臭いネットワークの管理者を名乗る少年。


「人間らしさって、例えば何だ?」


「食事とか排泄とか、とにかく人間しかしないことだよ。あの男に関する情報には、それらが徹底的に存在しない」


「成程な。どうしても俺たちは隠そうとしたって情報が漏れる。それは生きてる限り避けられない場所とか行動があるせいだ。だが……」


 シズマは解せぬ思いで眉間に皺を寄せる。

 アンドロイドの殺し屋は基本的に存在しない。人間に比べて正確精密である反面、臨機応変に対応することが不得手だからである。

 ある国ではアンドロイドを兵士として使って成功したことから、警察官として起用したことがあったが、仔細な軽犯罪でも全て逃さず逮捕、処罰を行ったために国が大混乱に陥り、衰退してしまった。


「あいつの動きはアンドロイドには見えなかった。それに、どうして首のバーコードがない?」


 アンドロイドは首に登録番号、個体情報を引き出すためのバーコードが刻まれている。それが無ければ、体に損傷を負った時に修理してもらうことも出来ないし、住居を得ることも出来ない。


「まさか、出掛けにファンデーションでも叩いてるんじゃないだろうな」


「あんた、近くで殺りあったんだろう? 隠しているように見えたかい?」


「もしそうなら、すぐに気づく。まぁ最近、アンドロイドの人工皮膚ってのは目視じゃ見破れないレベルになってきたけどな。お陰で間違って人間を殺しそうになったこともあるぐらいだ」


「肌が綺麗な女の子にでも襲い掛かったのかい?」


「肌が汚いアンドロイドはいないからな。そういや、ヒューテック・ビリンズは人工皮膚の開発会社か。もしレーヴァンが損傷を負っても、雇い主に言えば交換して……」


 シズマは口を閉ざして考え込んだ。

 バーコードのないアンドロイドの殺し屋。殺すのは人間だけ。それがレーヴァンのポリシーではなく、アンドロイドを殺す機能を学習していないためだとすれば、納得出来る。


 刀を使うのも、射程距離や風向きなどで状況が二転三転する銃より、学習がしやすかったからかもしれない。あんなものを使う殺し屋は他にいないから、動きを比較されることもない。


 そしてバーコードのないアンドロイドが、長く活動出来ている理由は限られる。

 体のパーツを提供してくれて、メンテナンスを行ってくれる「誰か」が存在するためである。


「あいつ、ヒューテック・ビリンズで管理されてるのか?」


「その可能性が高いよ。人を殺すためだけに調整された、違法のアンドロイド。あの会社は人工皮膚を作っている都合上、実験体のアンドロイドを作ることが許可されている。勿論それらは実験以外には使用しないとされているけど、裏を返せばそのチェックをスルー出来れば、どこにも登録されていない個体が出来上がる」


「クソッタレめ。もしこの仮説が本当だとしたら、ヒューテック・ビリンズに乗り込むのは自殺行為だ。あいつが生み出された場所ってことは、あいつの庭に等しい」


「そこに入るってことは、全身蜂の巣になってダンスしたいと見做されてもおかしくないね」


「俺だけならまだいいさ。エストレやイオリまで連れて行くわけにはいかない」


「お嬢ちゃんは兎に角、子狐は止めても無駄だと思うよ。ほら、よくあるだろう。良かれと思って置いていったらついてきちゃって、それで状況が悪化する映画」


「あぁ、よくあるな。あれを見るたびに俺は腸が煮えくり返って仕方ない」


 苛立ちを押さえるためにハンバーガーの残りを口の中に入れたシズマは、力任せにそれを噛み砕いて、コーラで胃袋へと流し込んだ。


「あのガキのことを知っているのか」


「まぁね。子狐ちゃんじゃなくて母親のほうと親しかったのさ」


「親はあの生意気なガキを放って何をしてるんだ」


「死んだよ」


 アイスローズは端的に答えた。


「あの子の母親は、八年ほど前に死んだ。あの子がまだ五歳くらいの頃だ。子狐ちゃんはそれ以来、ずっと「天の祈り」を求めている」


「よくわからないな。奴は信心深いのか。空飛ぶスパゲッティーモンスターでも崇めてるクチか?」


「そんなんじゃないさ。でも……何かを信じて待ち続けていたのは確かだね。見た目よりずっと繊細で一途な子だ」


「あいつの事情はこの際、どうでもいい。問題はどうしたら、あのガキが俺の妨げにならないかということだ」


 トイレの方向から、微かに二人が喋っている声が聞こえる。基本的にはエストレが話しているのを、イオリが律儀に相槌を打ってやっているようだった。

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