episode7.歯車達の逃走

1.深夜のハンバーガーショップ

「実際、ハンバーガーっていうのはクールな食べ物だと思うよ。美味くもないしお上品でもないけど、安くて腹に溜まる」


「女の買い物理論みたいなことを言うな」


 ネットカフェから出ると、既に夜も更けていた。イオリのような子供が出歩く時間でもないが、わざわざ補導をする感心な警官なんてものはイケブクロには存在しない。


 イオリが防犯カメラに映らないルートで二人を導いた先には、数世紀に渡って人間に愛されるファストフード店があった。広告画像が詐欺じみていると高名な店は、シズマは通いなれているが、エストレは初めてのようだった。


「ハンバーガーショップなんて初めてだわ」


「冗談だろ? ハンバーガーを食わずに人間が成長出来るとは初耳だ」


「だって周りに食べる子がいなかったもの。学校でも買い食いは禁止だったし」


「お前、どこの学校通ってるんだ?」


「聖ビスト高等学校」


 イオリが「わぁ」と大仰な声を出した。


「超お嬢様学校じゃん。あそこに通っている人、初めて見たよ。だって皆、通学は運転手付きの車か遮光硝子が貼り付けられたバスを使ってるからね」


「重犯罪者の更生施設か?」


「そっちのほうがマシかもよ。少なくとも更生施設にはスカートの裾を持ち上げて「ごきげんよう」と挨拶する看守はいないだろうから」


 学校を遠回しに馬鹿にされたエストレは眉間に皺をよせた。


「唾を地面に吐くのを最敬礼と思っている連中に比べたら上等よ。父と母が親権を巡って色々やってたから、そういう学校のほうが都合が良かったの。まぁ父としては私が学校に通うのすら気に入らない様子だったけどね」


 アンドロイドは肉体的な成長をせず、この世に製造された時から「両親」より引き継いだ人工知能の性能を所持している。

 従って学校に通うのは、人間とアンドロイドを明確に区別する指標のうちの一つだった。


「なら、あんたの分も僕が頼んであげるよ。一番安いセットでいいかな」


「任せるわ。お金は殆どないんだけど、平気?」


「オクトパスの使用料よりずっと安いよ。何しろ従業員は全員アンドロイド。製造はロボットに一任されている。高いものを頼む方が難しい」


 イオリはレジに備え付けられた注文用のパネルを操作する。安っぽい画面に表示された商品画像をいくつか選択し、個数を入力すると、思い出したようにシズマを振り返った。


「オジサンも一緒に注文する?」


「だからオジサンじゃない。だが手間を省くのは賛成だ。一緒に注文しておいてくれ」


 注文が終わると、一分も経たないうちにアンドロイドの店員が商品の載ったトレイをカウンター越しに差し出した。三人分のハンバーガーやオニオンフライが載ったトレイをイオリが受け取ろうとしたが、それを横からシズマが奪う。


「途中でひっくり返されたら困るからな」


「確かに僕はオジサンと違って頭脳労働が専門だからね」


 階段を昇って二階席へ移動したシズマは、四人掛けのソファー席を見つけると、そこにトレイを置いた。窓際の席だが、観葉植物や悪趣味な飾りつけが下がっているため、外からは見えにくい。


「イオリ、窓際に行け。エストレはその隣だ」


 子供二人を向かいに座らせて、シズマは階段側に背を向けた状態で腰を下ろす。此処に追手が来ても、レーヴァンやヒューテック・ビリンズのアンドロイド達はエストレに危害を加えないだろうし、奥にいるイオリはテーブルの下に逃げ込めば良い。シズマは階段側から死角となる場所に座っている。

 安心安全というわけにはいかないが、それでも束の間の休息を得ることは出来そうだった。


「んで、お前は一体何を注文したんだ」


「パイレーツバーガーセットだよ。パンズの中に肉と野菜がたっぷり入ってるのが健康的だろ?」


「俺には野菜じゃなくてケチャップまみれのポテトが挟まってるようにしか見えないけどな」


「トマトとポテトは野菜だろ。肉の上にはアイスクリームも載ってるから、栄養バランスも最高だよ」


「栄養バランスの意味を少しでも調べてから言えよ、クソガキ。脂と炭水化物の黄金比のことじゃないぞ」


 紙で包まれたハンバーガーを手に取ったシズマは、大きく口を開けてそれにかぶりついた。想像通りの、いかにも安っぽくて脂っぽい味が口の中に広がる。

 そしてそれを追いかけるように、冷たさを持った甘みが流れ込んだ。


「畜生、本当にアイスクリームが入ってやがる。頭おかしいのか」


「不味くはないだろ。僕は好きだよ、これ」


 イオリは口の端にケチャップをつけたまま、横に座るエストレを見た。


「ねぇ、あんたはどう思う?」


 二人の見様見真似でハンバーガーを食べていたエストレは、殆ど食べていないそれを口元から離すと、紙ナプキンで丁寧に口を拭った。


「食感と見た目と味と匂い以外は最高ね。とても食べにくいわ」


「それ、不味いってことじゃん。この美味しさが理解出来ないなんて哀れだね。僕、夕飯はこのハンバーガーショップばっかりだよ」


「ハッカーの仕事をしながら?」


「周りが煩い方が集中出来るんだ」


 ケチャップを零さないように器用に食べるイオリに、エストレは少し感心したような視線を向けてから、自分の食事に戻る。好き勝手に飛び出したポテトフライが、その食べるスピードを低下させていた。

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