6.半端な覚悟

「おい、これはどういうカラクリだ?」


 シズマは食い入るように画面を見つめ、そしてイオリを睨みつけた。


「これは俺達の映像じゃないか」


「その通り。シンジュク二番街を目下逃走中の、殺し屋カラスとそのお姫様の姿だよ」


「衛星から取得するリアルタイムの映像なんだろ、これは?」


 映像の中からシズマとエストレの姿が消えると、イオリはそのサイトへのアクセスを切った。画面が暗転して、黄色い文字で通信料が表示される。一日のランチ代程度のものだったが、一分程度のアクセス料としては破格だった。

 端末の向きを元に戻して、膝上で抱え込むような恰好になったイオリに対し、エストレが口を開く。


「ウッドペッカーから吸い出した私たちの映像を、衛星から見る画像に上書きしたのね。でも今の速度からして、実際に衛星をハッキングしたわけじゃない。中継サーバのどれかにダミーデータを仕込んだのかしら?」


「それだけだと思われると、ちょっと悲しいな。中継サーバには衛星からの映像受信とは別に、それぞれの地区の風向きや天候状態もデータ化して保存されている。僕はそれを利用して、あんたらのダミーデータに周囲と矛盾が生じないように陰影をつけてるんだよ」


「あの映像は同じ場所だけで再生されるの?」


「いくつかの条件を付与している。それが全て満たされる場所のみ再生されるようになっているから、数分見ただけじゃまずバレない」


 イオリは口角を両方吊り上げて、目を細めた。


「どう? 僕の実力がわかった?」


「お前が高度なアイコラ技術を持つガキってことはわかったよ。パム・グリアの体にトレイシー・ローズの首くっつけたら、さぞかし学校じゃ人気者だろうな。だとして、じゃあ連れていってやろう、となると思うか? モモタロウサムライじゃあるまいし」


「強情だなぁ。これで僕はあんたらの逃走を二度も手助けしたことになるんだよ。そうじゃなきゃ今頃あんたは便所の中でレモンボールと一緒にプカプカ浮かんで、自分のコックをファックしてたかもしれない。僕のボランティア精神に感謝しなよ」


「ボランティア活動ってのは見返りを求めるものじゃない。まぁどうしてもと言うなら、此処から俺たちを手助けするんだな。連れて行くのは御免だ」


 突き放すような台詞に、イオリが頬を膨らませる。兄にゲームを取り上げられた弟のような、どこか甘えた仕草に見える。だが続けられた言葉は、その口から出るにはあまりに狡猾だった。


「じゃああんたらが何処にいるか、レーヴァンやヒューテック・ビリンズに教えるよ」


 シズマは舌打ちをすると、リヴォルバーを腰ベルトから抜き取ってイオリの額に突き付けた。


「調子に乗るなよ、クソガキ。子供だから多少のおふざけが許されると思ったら大間違いだ」


「シズマ、やめて」


 エストレが制止しようとしたが、シズマに睨みつけられてその場に留まる。


「なんだ、また説教か? さっきので懲りたんじゃないのか」


「そうじゃないわ。ここで撃つと、騒ぎになるじゃない」


「音を出さずに処理する術ぐらい知ってるさ。お前の目的のためにはな、少しでも危険なモノを排除しなきゃいけないんだ。こいつが俺たちを脅すなら、そんな手が使えないようにするだけだ」


 子供だろうと、誰であろうと、シズマにとっては関係のないことだった。自分の身を守るために、依頼者を殺したこともある。仕事の後に金を出し渋った挙句に口封じとして別の殺し屋を使って殺そうとしたためだったが、殺した事実に変わりはない。


「半端な覚悟や好奇心で付きまとうな。今すぐその端末置いて消えれば殺さないでおいてやる」


「嫌だ」


 思いの外、イオリははっきりと拒絶を口にした。シズマはその強情な態度に、口元を緩める。


「そうか。じゃあ死ね」


「半端な覚悟なんかじゃない」


 シズマは引き金を引きかけた指を止めた。それは放たれた言葉のためだけではなかった。眉間に銃口を突き付けられているイオリは、冷や汗こそ流していたが、その目はしっかりとシズマを見ていた。

 十四歳の子供とは思えぬほど、その瞳には複雑な感情と、それを結束するような絶望が覗いていた。


「お前……」


 銃口はそのまま、指だけを緩めてシズマは数回瞬きをした。眼帯に遮られて見えない右目がジクリと痛む。


「訳アリか」


 イオリは何も答えなかった。だが揺らぐことのない視線が、シズマの問いに答えを出していた。

 暫くの沈黙の後、シズマは銃を元に戻す。暫く押し付けていたために、イオリの額に赤い痕がついていた。


「……エストレ、飯食いに行くぞ」


「え?」


「腹減った。今から何をするにせよ、腹ごしらえは済ませておきたい」


 個室から出たシズマに、エストレが続く。

 脱ぎ捨てたままだった靴を履きなおしながら、シズマは中に座り込んだままのイオリに声を掛けた。


「お前も一緒に来い。生憎金はないから奢ってやれないけどな」


 イオリが驚いた表情になり、顔を上げる。


「連れて行ってくれるの?」


「放っておくのは危険で、殺すのも面倒なら、連れていくしかないだろ。不本意だがな。それにこの中じゃ、お前が一番金を持ってそうだ」


 早く来い、と告げてシズマは先に歩き出す。慌てて荷物をまとめる気配が聞こえて、数秒後に個室の扉を開ける音が店内に響いた。


 episode6 End and Next...

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