9.愛のある末路に死す
「シズマ!」
手を引かれ、足をもつれさせながらエストレが悲痛な声を出す。
それを無視して、シズマは大通りの方へ向かっていた。腫れた右目に雨が入り込み、視界を更に奪っていく。
「待って、止まってよ!」
「断る」
「フィルが死んじゃうわ!」
バシャリ、と近くの家の雨樋から溜まった水が零れ落ちた。玩具店で聞いたのと同じような音だった。
シズマは一度立ち止まると振り返って、その鼻先に指の代わりに銃口を突き付けた。エストレの顔が驚愕に歪む。
「じゃあ一人で戻れ。俺達とあのアンドロイドは、客と店主。それだけの関係だ。折角レーヴァンから逃げられたのに、もう一度死にに行くなんて御免だね」
「見捨てるの?」
「口には気をつけろ、エストレ。お前に何が出来る。大金の入ったバンクをチラつかせて、俺をこんなことに巻き込んだ。今度は人情話をチラつかせて思い通りにするか?」
「私はそんなつもりじゃ……!」
「そんなつもりじゃないなら、自分で助けに行け。まさか、俺だけ死地に放り込んで、自分は安全地帯で涙を流すんじゃないだろうな。映画館でポップコーン貪りながら、『ライムライト』見ているのと何が違う。アンクル・チャップリンは舞台を降りれば生き返るが、俺の命は一個で終わりだ」
エストレは黙り込むと、下唇を噛み締めた。それを見たシズマは再び手を引いて歩き出す。玩具店はすっかり遠ざかり、銃声も聞こえなくなっていた。
大通りに出ると、街は何事もないかのように静かだった。街路樹にはオウルが飛び交い、道行く人はシズマ達を不思議そうに見はするものの、声をかけてくることはない。まして路地裏の玩具店の存在など、誰も気にかける筈がなかった。
「あいつは裸足だっただろ」
シズマはその中を歩きながら呟いた。エストレは黙って手を引かれたまま付いてくる。
「恐らく足裏のセンサーが劣化していて、靴を履いたら上手く動けなかったんだ。右目も機能していないと言っていたし、人工皮膚の劣化もそのままにしていた」
「……修理しなかったのね」
「あいつはきっと死ぬつもりだった。店にあれだけの銃を隠していたのも、いつかレーヴァンに仕返しをするためだったんだろう。その本懐を果たそうって言うんだ。俺たちが踏み込む領域じゃない」
「わからないわ」
エストレが泣きそうな声で呟く。
「もしレーヴァンが来ないまま、彼女の劣化が取り返しのつかないところまで行ってしまったら、意味がないじゃない」
「そうだな。俺も理解は出来ない」
シズマは一度だけ、来た道を振り返った。
レーヴァンは手練れだが、フィルは違う。何発も撃った銃弾のうちのいくつかが当たっただけで、その幸運が何度も続くとは思えない。それをわかっていたからこそ、フィルは視線で逃げるように促した。
フィルは負ける。しかしそれは敗北には程遠い。シズマはそんな気がしてならなかった。
「それでもあのアンドロイドは……、いや彼女はフィルセント・オギノとして死ねるのさ。誰にも文句をつけられることなく、な」
恐らくその名を口にするには最初で最後だろうと思いながら、シズマは柄にもない敬意を込めて呟いた。
episode5 End and Next...
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