8.甘く見るなクソ野郎

 シズマの左側、棚を背にして立ったフィルがリヴォルバーを構えていた。棚に乗っていたロボットや箱は乱暴に崩され、床にいくつか部品が落ちていた。化学繊維の霧の中、フィルが手探りでリヴォルバーを探し出したことは明らかだった。


 銀色の銃は彼女の手には大きいように見えた。恐らく男が好んで使う種類と思われたが、シズマの傷んだ右目はその姿形を正確に捕らえることが出来なかった。


「私の店にズカズカ入り込んで、壊す許さない」


「お前の店ではないだろう。アンドロイドの番犬が。飼い主が死んだのに、まだ骨付き肉の配給を待ってるのか」


「オギノから貰ったから、私の店。お前だって聞いていたよ」


 フィルは銃口を向けたまま、吐き出すように言う。レーヴァンはそれを見つめたまま嘲笑を浮かべた。


「知らないな。あの時、紅殻楼こうかくろうに何人いたと思ってるんだ」


「オギノと私は仕事で行っていただけ! お前は無関係なオギノを殺した!」


「そうだな。しかし仕事だから仕方ない。ちょっと反省したから、お前のことは壊さないでやっただろう? 何が不満だ、雌犬」


「わからないオツムなら、ゴミの日に捨てるといいよ。丁度明日が生ごみの日だから」


 挑発に挑発で返し、フィルは撃鉄を起こす。


「忠告するですよ、クソ野郎。今すぐ出ていけ」


「嫌だと言ったらどうするんだ」


 その途端、二発目の銃声が響く。

 当たりこそしなかったが、それが中途半端な脅しでないことを示すには十分な反射速度だった。


「忠告から警告にレベルアップ。今すぐ出ていけ」


「煩い番犬だ。保健所に電話をしてから来るんだった」


 レーヴァンは心底面倒そうに言うと、右手を腰のベルトへ滑らせた。そして何かを抜き取ると、手首の動きだけでフィルの方向に投擲する。


 ガリッと鈍い音と共に、細いダガーがフィルの右目に突き刺さった。趣味の悪いスプラッタ映画のように、ダガーは見事に眼球部品を貫いていた。

 フィルの首あたりから、重大損傷を知らせるビープ音が漏れる。しかし、フィルは怯むことなく三度目の引き金を引いた。


「甘く見るな、クソ野郎!」


 弾丸は左の二の腕を貫いた。腕を右手で押さえたレーヴァンは憎々し気に舌打ちをして、フィルへと向き直る。

 シズマは咄嗟に銃を構えたが、鋭い声がそれを遮った。


「邪魔ですよ、お前。商品受け取ったならさっさと帰れ」


「だが」


「目なら問題ないです。頭蓋のチップは壊れていない」


 それに、とフィルは目からダガーを乱暴に抜き取って床に投げ捨てた。


「こっちの目はとっくに機能してない」


 レーヴァンは刀を振りかぶり、フィルの間合いに入る。銀の拳銃を手にしたアンドロイドは、冷静にそれを見切って横に跳躍すると、棚からもう一つ拳銃を抜き取った。


「お前を殺したかったよ、レーヴァン! オギノを殺されてからずっと!」


 作業台に飛び乗ったフィルが両手の銃から弾丸を放つ。刀の一閃でそれを払い落とした殺し屋は、作業台を真っ二つに切り裂いた。


「死んだ男の銃を後生大事に持って、純愛でも貫いてるつもりか雌犬」


「どうとでも言うがいいですよ、クソ野郎。羨ましいか」


 瓦礫と化していく店の中で、裸足のアンドロイドは軽やかに跳ぶ。次々と弾丸を放っては捨て、商品棚のいたるところに隠された拳銃を抜き取っては、構えなおす。

 まるで今起きていることを想定していたかのように、その動きは鮮やかだった。


 レーヴァンは銃撃を避けるために店を破壊しながら、フィルの間合いに入り込み、刀を振るう。しかしフィルは自分自身を囮とするかのように、その攻撃を受け止めながら確実に一発を撃ち返していた。


「お前が何を言おうとも、私はオギノを愛した。アンドロイドでも人間でもなく、ただそこに存在するために」


 銀の銃口から放たれた弾丸が、遂にレーヴァンの右足を打ち抜いた。低い呻き声と共に立ち止まった殺し屋は、撃たれた箇所を押さえてフィルを見る。

 嘲笑はいつしか消え失せて、明確な憎悪が滲み出ていた。


「この雌犬が……」


「聞き飽きたよ、クソ野郎」


 フィルの体はレーヴァンの刀に切り裂かれて、ところどころ損傷していた。警告発生装置も壊れたのか、不規則な信号音だけを店内に響かせている。フィルは自分の手で首を強く叩くと、それすらも沈黙させた。

 無事な左目が動いて、未だその場に留まっていたシズマ達を見る。


 それが何を意味するか悟ったシズマは、突然の出来事に固まっているエストレの手を引いて、店の外へと飛び出した。背後からレーヴァンの舌打ちと罵声が聞こえたが、それに重ねるようにフィルの怒声が響く。

 刀と銃弾の応酬が再び始まった音だけ聞きながら、シズマは振り返ること無く走り始めた。その手には、しっかりと「買い取った」拳銃が握りしめられていた。

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