5.カラスの邂逅

「お前が呼んだんじゃないのか」


「誰が好き好みますか、あの男」


 擦過音が二度、三度続けて響く。

 シズマもフィルも、それが誰だか理解していた。唯一、何も知らないエストレは視線を店の外へ向けたまま動かない。


 音が一度止まり、雨の音が優勢になる。しかしそれも一瞬の事だった。突然、突風のような鋭い音が響き渡り、雨音すらも寸断する。

 それと同時に玩具店の店先に下がっていた、エアハンマーやビーチボールが、パンッと乾いた音と共に爆ぜる。フィルは舌打ちをして、シンガポール語で何かをまくしたてた。

 それが少なくとも祝福の言葉でないことは、語気と表情で明らかだった。


「……星港シンガポールの木偶人形か」


 ただのビニールの切れ端と化した玩具の向こう側から、澄んだ声と共に一人の男が現れた。

 背丈はシズマより高いものの、長身とも言い切れない百八十センチメートルほど。ノーブランドの黒いカットソーの上からでもわかる鍛えられて引き締まった肉体。


「主人がいなくなっても店を護ってるとは感心だなぁ?」


 砂色の髪を長く伸ばし、それを項で一つにまとめている。惰性で伸ばしているような前髪の奥に、琥珀色の瞳が二つ、猫のように吊り上がっていた。


「クヒッ」


 喉奥を引きつらせるように笑った顔は、美しく整っている一方で、狂気じみたものを滲ませている。年齢はシズマと変わらないように見えるが、東欧系の顔立ちであるため、実際にはもう少し年上かもしれなかった。

 琥珀色の目は店内をゆるりと見回し、それからシズマを捉える。


「こんにちは、小鳥ちゃん」


 侮蔑を込めた呼び方にシズマは眉を軽く持ち上げるが、易々と挑発に乗るほど馬鹿ではなかった。


「ワタリガラスに小鳥ちゃん呼びされるとは、素敵なこともあるもんだ。ここはホッカイドウじゃなくてトーキョーだが、上空で舵を切り損ねたか?」


「わざと切ったのさ。お姫様を迎えに来るために」


 口角を吊り上げたレーヴァンは、シズマの後ろにいるエストレに声をかけた。


「お父上がお呼びだ。来てもらおうか」


「どうして私たちの居場所がわかったの?」


 その問いの返事は無かった。言う必要もないとばかりに竦められた肩が、嫌味っぽくゆっくりと定位置に戻る。エストレはそれを見ながら、次の問いを放った。


「もし、嫌だと言ったら?」


「それを考慮するのは俺の仕事ではない。嫌だと言いたいなら言い続ければいい。車のトランクの中でも、手術台の上でも、スクラップ置き場でも。言うのは自由だ。言論の自由は認められてる。人間にもアンドロイドにも平等に」


 レーヴァンは左手に握っていた武器を横に薙いだ。宙を斬る音と共に、店頭に積み上げられていた化学玩具が飛散する。

 その手には、銀色に輝く刃があった。この島国が遥か昔に投げ出してしまった伝統の一つ、「刀」が雨に濡れていた。


「俺が言えた立場じゃないが、妙なものを武器にしてるもんだな」


「人間を殺すのに最も適した武器だからな。どこかの変わり者のように歯車の玩具でアンドロイドを殺すのと似ているだろう?」


「言えてる。それでお前は俺を殺しに来たのか」


「それがヒューテック・ビリンズの社長の意向でね。小鳥を追いかけまわすような真似は好きではないが、まぁ悪く思わないでくれ」


「お前は小鳥を刀で斬りおとすのか? 狩猟ってのはなぁ」


 シズマはフィルの手から拳銃を奪い取ると、右手の親指で撃鉄を起こした。ガチリと音が鳴り、一発目が銃身へ装填される。


「銃でやるもんだぜ」


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