4.アンドロイドの御伽噺

「貴女はオギノの助手として作られたのね?」


「そう。といっても元の筐体が娼婦用だったから、何の役にも立てなかった。彼は私に必要な技術をインストールした。最初に入れられたのが、火薬式拳銃の扱い。オギノはマグナムを愛してた」


 フィルの指が銃身を撫でる。よく見ればその手に使われている人工皮膚は所々裂けていた。

 人間と違って治癒能力を持たないアンドロイドは、体に損傷を受けた場合にはパーツ交換を行う。交換業者に払う金を持たなかったり、あるいは交換出来るパーツがない場合、アンドロイドは壊れた体のまま過ごすこととなる。


「オギノ、私に色々教えてくれた。私、彼が好きだった」


「愛していたの?」


「イエス、その通り」


 あっさりとした回答に、エストレは肩透かしを食らったような顔をして目を瞬かせた。一方、シズマは平淡に受け止める。

 思春期の少女と、少々擦れた男では、色恋に対する態度が天と地ほども離れていた。


「愛してましたです。でも所詮、私はアンドロイド。結ばれることはない」


 バラバラにされて整備されたパーツが、再び元の形に戻っていく。フィルの動作に無駄はなかった。無駄と言えば、その口から出てくる身の上話程度だった。


「でも、私満足してる。彼、私にオギノという名前くれた。どこかの御伽噺おとぎばなしみたいに、彼と結婚して子供でも産めたら、ハッピーエンドですでしょう。でも私は十分幸せなので」


「御伽噺じゃないわ」


 思わずそう零してしまったエストレだったが、己の素性を明かしかねないと気付き、慌てて取り繕った。


「……きっとそういう事実が何処かにあると思う」


 銃を組み立て終えたフィルは、エストレの不自然な言動に特に興味を示さなかった。


「あったとしても、私のに無関係。オギノが死んだ今となっては、私にその御伽噺は微笑みない」


 シリンダに銃弾を装填すると、フィルはマグナムのグリップ部分をシズマに向けた。


「これで動くます」


「代金は? 正直、あまり持ち合わせがない」


 そのセリフにフィルは馬鹿にしたような笑みを浮かべた。


「散々こっちを煽っておいて、金がない? 人間様には恐れ入りますですよ」


 グリップを指揮棒のように何度か上下に動かしながら、フィルの目が値踏みをするように二人を見る。やがてその視線が一点を凝視して止まった。


「それ、下さいます?」


 視線の先にあるのは、エストレの抱えたノート型端末だった。


「それ、うちの店にない型だから欲しいので」


「でも、これがないと困るのよ」


 エストレは端末を胸に抱えるようにして持ち直す。だがフィルはそれで追及の手を緩めたりしなかった。


Anak perempuanお嬢さん、我儘言うの悪い。銃が欲しいから用立てろと言ったの、アナタです。払うものは払うの当然」


「そうだけど……」


 エストレは悩むように眉を寄せてシズマを見る。だが二人が今持っているもので価値があるのは、そのノート型端末だけだった。


 やがて、エストレは諦めたように端末を相手に差し出した。銃と端末を天秤にかけ、どちらが自分を守ってくれるか考えた末の行動だった。


「あい、確かに」


 フィルは受け取った端末を愛おしそうに撫でて、目元を緩ませた。


「これ、スペック低いけど人気だった型。ちゃんと初期化して売ってあげるから安心するいいよ」


「そりゃどうも。画像と動画を念入りに消しておいてくれ」


「確認してから消しておくます。お前は趣味が悪そうです。……あぁ、そうだ」


 フィルは端末をカウンターの上に置くと、代わりにレジスターの上から何か平たいものを取り上げた。それは正方形の半透明のカードで、表面に何か文字が刻まれていた。


「もしネットワーク使う必要あるなら、このネットカフェが良いです。適度に腐っててオススメ」


「腐ってるの?」


「んー、何て言います? ゴチャゴチャしててわかりにくくて、人目につかない」


「理解したわ」


 エストレはカードを受け取り、その表面に視線を落とす。シズマも肩越しに見て、「ネットカフェ」「オクトパス」の文字を読み取った。


「良い名前だな。それでこの店は……」


 どこにある、と続けようとしたシズマだったが、その言葉は直前で遮られた。

 だが遮ったのはフィルでもなければエストレでもない。店の外から聞こえた小さな金属音だった。気を付けなければ聞き逃してしまいそうなほどの、しかし普段聞くことのない音。

 鉄パイプや銅線を引きずるのとは違う、もっと薄くて頑丈な物による擦過音。


「一つ言いますですよ」


 フィルが店の外を見ながら言った。


「あれがお前の連れてきた客だとしたら、最悪極まりないです」

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