3.衰退拳銃とアンドロイド

「心拍数が上がった。呼吸が浅い。図星ならあまり口を開くの薦めない」


「黙れ。その首の中の回路を焼き切られたくなければな」


「丸腰でそれ出来たら大したもの。貴方、武器がない。私、店がある」


 尚も何か言い返そうとしたシズマを抑えたのはエストレだった。雨に濡れて冷えた手で袖を引かれ、シズマは何とか理性の縁に留まる。


「カルシウム錠をスナックにしたほうがいいわ。カウチに寝そべって『Roman Holidayローマの休日』でも観ながらバリバリやってれば、ちょっとは落ち着くでしょ。私は貴方の怒鳴り声を聞くために此処を探したわけじゃない」


「でもな、エストレ。お前を探しているアンドロイド達に、こいつから情報が漏れるとは考えないのか?」


「考えないわ。彼女は違うもの」


 エストレは黒い瞳をゆるりと動かして、カウンターの上に座ったままの女アンドロイドを見る。


「なんて呼べばいい?」


「好きに呼ぶいいよ。個体名はフィルセント・オギノ。皆にはフィーとかフィルとか呼ばれてた。店主でも玩具屋でもお好きなように」


「じゃあフィル。貴方はどうしてシズマが丸腰だと?」


「……あぁ」


 フィルは気の抜けたような声を口から漏らす。まるで先ほどまでの剣呑とした雰囲気を全て捨てるかのような仕草だった。


「別に難しく話ない。雨の日に此処に来る人、皆ろくでもない注文する。雨で匂いや足跡が消えて丁度良いね。でもその分、皆殺気だってて、ちょっとの物音、凄く警戒する」


 フィルの指がシズマの足元を指さした。


「靴を随分濡れてる。相当急いで来たハズ。なのに泥は殆どついてないから、通ったのは大通り。この店来るのに大通り通ってくる人少ない。危険な裏通りを通らないでやってきた、イコール、丸腰」


 それは単純な推測に過ぎなかったが、堂々と言い切ったフィルにエストレは素直な感嘆を浮かべる。


「納得したわ。武器を用立ててくれる?」


「エストレ、正気か?」


 噛みつくように言ったシズマだったが、エストレはそれに軽いウインクで返した。


「彼女、アンドロイドなのに人間のことをよく見てるわ。少なくとも、貴方よりは見る目がありそうよ」


「冗談だろ」


 吐き捨てるように言ったシズマだったが、武器が必要な事実は変わらなかった。肝心のエストレは別の店を探す気もなく、フィルに友好的な態度を示している。

 シズマは濡れた黒髪を何度か乱暴に掻いた後に、諦めたように大きな溜息をついた。ギチリと痛む頭を押さえるようにして、エストレを見る。


「くっだらない理由でアンドロイドを信用して、後で泣きを見ても知らないからな」


「それでも武器は必要だわ。少なくとも一晩を乗り切れるようなものが。それともカンフー映画の真似をして、フラッグでも振り回してみる?」


 その言葉に、フィルが小さく笑って何かを呟いた。だがそれはシンガポールの方で使われる言語で、シズマにもエストレにも意味を理解することは出来なかった。

 怪訝そうな二対の目の先で、フィルは柔らかな笑みを浮かべて口を開いた。


「何が欲しいです? 用意出来るものは出してあげますよ。ロケットランチャーは無理だけど、戦車はオーケー」


「どういう基準だよ。ある程度古い拳銃も可能か?」


「物による。当然。一応言ってみてなさい」


「マグナムを装填出来るリヴォルバー」


 バチャリ、と店の軒先で雨樋から溢れた水が零れ落ちた。その音が妙に大きく反響する。


「……渋いの使うですね。火薬式拳銃、ずっと前に廃ったよ。クレオパトラが自殺に使ったのだったか?」


「俺はスチームガンが嫌いなんだ。撃ってる感触も当たった感触もないくせに、ギャッギャと熱を持ちやがる。で、用意出来るのか?」


 フィルは鼻で笑うと、作業台の上から降りた。すらりと高い身長が、ガラクタまみれの室内で際立つ。二人はその時、フィルが裸足であることに初めて気が付いた。


 湿った床を裸足で踏みつけながら、フィルは壁に設置された金属製の棚の方に向かう。いつのものだかわからないロボットの模型が、そのかつての栄光を惜しむかのように山ほど並んでいた。


「リヴォルバー、いっぱいあるよ。大安売りしても余りそうなぐらい」


 ロボットが腰かけている平たい紙箱を取り出したフィルは、日焼けしてゆがんだ蓋に手をかけた。蓋には、ロボットが空を飛びながらビームを出す様子が描かれている。


 蓋を開いて中に右手を入れたフィルは、武骨な作りの大型拳銃を引き抜くと、その銃口をシズマに向けた。黒い銃身に照明が微かに反射する。左手に握った紙箱から出てきたとは思えぬほど、その姿は重厚だった。


 シズマは黙ってその銃口を睨みつけていたが、何度か瞬きをした後で口を開いた。


「銃弾は別売りか?」


「サービスで良います。どうせ誰も買わない。オギノが集めただけだもの」


「オギノはあんただろう」


 フィルは右手に拳銃をぶら下げたまま戻ってくると、ゴトリと音を立ててそれを作業台に置いた。レジスターの裏側から使い古した銃の手入れツールを出し、慣れた手つきで銃の分解を始めた。


 アンドロイドは学習知能を持つが、自然に技術を身に着けるには人間の何倍もの時間がかかる。従って、必要な技術をインストールするのが一般的だった。


 フィルの動作はインストールされたもの特有の、機械的な仕草を多く残していた。スチームガンなら兎に角、火薬式拳銃の手入れ方法をインストールするアンドロイドは稀有な存在だった。


「オギノは、この店の前のオーナー。私はこの店、継いだだけ」


 パーツを分解しながら、フィルが話し始める。


「オギノは人間だった。シンガポールゲートの連中を相手に仕事してた。私、彼が報酬の一つとして求めた「手伝い」のアンドロイド」


 不自然な言葉にシズマが眉を寄せると、エストレが横から口を挟んだ。

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