2.オギノ玩具店
「オギノ玩具店」
破れて汚れて消えかかった、ビニールの上の文字を見たシズマは小さく呟いた。
「ナマで見ると一層不可解だな。此処が本当に俺達の求めている店なのか?」
「その筈よ。心配なら大通りに戻って、占いアンドロイドでも呼び止める? ビジップカードを十五回シャッフルすれば、どんな未来もピタリと当てます、って触れ込みの」
「あんなのを信じるのは爺さん婆さんぐらいだろ」
二階建ての小さな建物は、二階が住居のようだった。雨だと言うのに無頓着に窓から外に放り出されたハンガーには、花柄のシャツがかかっている。窓辺に置かれた植木鉢には枯れた植物が虚しく垂れ下がっていた。
店舗の前面はシャッター式で、今は全て開け放たれている。十年以上前に流行した化学式玩具が箱に入ったまま積み上げられているが、もはやそれを買ったとしても、中にある薬品は揮発して動かないことは容易に想像がつく。その箱に寄りそうように置かれたぬいぐるみは、元は白かったのだろう表面が日に焼けて黄色くなっていた。
「入るぞ」
シズマは意を決して店の中へ足を踏み入れる。黴臭い空気が一瞬鼻をついたが、更に奥まで入っていくと甘ったるい匂いに上書きされた。女性型アンドロイドがよく使う、フローラルボトルの匂いだと気付いたシズマは眉間に皺を寄せた。
狭い店の一番奥には古びた作業台が一つ置かれていて、その上にはどうやって動いているかも怪しいレジスターと、気だるげな雰囲気をまとった女が鎮座していた。
作業台を椅子代わりにした二十代の半ばと思しき女は、二人を見て目を細める。ダークブラウンの目は少し垂れ気味で、ウェーブのかかった髪と同じ色だった。
深紅色のノースリーブワンピースの胸元は大きく開いており、痩せた肢体に不釣り合いな大きな胸の谷間が覗く。エストレがジャズバーで着ていた服と似ていたが、彼女の雰囲気に良く馴染んでいた。
「いらっしゃい」
女は見た目通りの気怠い声を出す。情報屋のアイスローズとはまた違う、裏社会に属する存在であることを濃く印象付けるものだった。
「貴女がこの店のオーナーか?」
「何かお探し? 良いモノ揃えてるますよ」
口元に笑みを浮かべて放った言葉は、イントネーションと文法が崩れていた。シズマは警戒するように足を止め、女を見据える。
「チャイナタウンの人間か」
「ノーです。まず一つ、私は人間ではない。次に、シンガポールゲートの出身」
女は髪を持ち上げ、首を曝け出した。人間で言うところの右頸動脈の位置にバーコードが刻まれている。アンドロイドの証であるそれを見て、シズマは小さく舌打ちをした。
「エストレ、別の場所にするぞ」
「どうして?」
「アンドロイドのやっている武器屋なんか信用出来るか」
エストレが大きな瞳を更に見開き、何か言おうとする。しかしそれより先に、女が口を挟んだ。
「人間よりは信用できるですよ。アンドロイドは人間のように情や世間体を気にしない。気にしてたら、店畳む」
シズマは相手を睨み付けて舌打ちをした。
「あぁ知ってるさ。そのせいで何度も裏切られたからな。お前らに信用なんて言葉を置くだけ時間の無駄だ。口が堅い店主って噂だったが、正直そいつらがお前さんに買収された可能性を疑ってるよ」
「自分に見る目がないの、アンドロイドのせいにするの頂けないね。人間共の甘ったれた「信用」とやらに付き合っているこちらの身にもなればいい」
「何だと?」
凄むシズマ相手に、女アンドロイドは涼しい表情で見つめ返す。
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