episode5.玩具店と歯車劇

1.オウルのいる街

 イケブクロのサウスゲートは、他のゲートに比べれば上等な場所だった。路上で酒を飲んでいる人間や、劣化オイルを販売しているアンドロイドの姿もない。先ほどまでいた場所から十分程度しか歩いていないのに、街並みは雲泥の差だった。


「このあたりにはオウルふくろうがいたんですって」


 スクランブル交差点を歩きながら、エストレが秘密を打ち明けるかのように言う。

 雨足は弱まっていたが、それでも二人の肌や髪を濡らすことに余念がない。傘を差した人間やアンドロイドが二人の傍を通り過ぎる時だけ、それを遮ってくれていた。


「だから町のモチーフにオウルが多いみたい」


「そんなに緑豊かな町だったとは思えないけどな」


「ずっと昔の話でしょ。ここじゃ天然の木を見つけるのだって一苦労だわ」


 エストレは傍らの街路樹を見る。大きく枝を伸ばして緑色の葉を揺らしているが、それは精巧に出来た「フェイクツリー」と呼ばれるロボットだった。人や車による振動でエネルギーを作り出し、それを動力として二酸化炭素を酸素に変換する機能を持っている。


「見て。オウルがいる」


 エストレが木の上の方の枝を指さして言う。シズマはその指の先を視線で追うと、少し丸い体つきをした鳥型ロボットを見つけて鼻で笑った。


「ウッドペッカーか」


「オウルよ」


「メンテナンスロボットの総称だよ」


 フェイクツリーには細部のメンテナンスや非常事態に管理会社に発報するためのロボットが付与されている。嘴型の感知器で筐体を突きまわす姿からウッドペッカーという商品名がついた。

 この辺りでは、オウル型の物を使用しているらしく、他の街では見かけない丸々とした身体が、どこかその体重を持て余すかのように枝と枝の間を移動していた。


「最近、色々なウッドペッカーがいるようだからな。少し前までは、あれを盗んで売ろうとする奴が多かったらしい」


「今はいないの?」


「防犯機能を搭載してからは、随分減ったらしいな。俺は窃盗は専門外だから知らないけど」


 エストレは「ふぅん」と、もう一度木の上に視線を向けてから元に戻した。


「可愛いわね。家に欲しいわ」


「何に使うんだ」


「そうね、ストッキングでも突いてもらおうかしら。最近、ダメージストッキングが流行っているのよ。わざと破くのが可愛いって」


「変なもんが流行るんだなぁ」


 素直な感想を零し、シズマは脇道へと入る。フェイクツリーやウッドペッカーは交通量の多い場所や繁華街に置かれるため、路地裏などには当然ながら存在しない。


 飲食店と風俗店が交互に立ち並ぶ道を只管進む。多種の油の匂いが入り混じり、胸焼けするような空気がシズマの肺に溶け込んでいく。しかしそれも足を進めるほどに弱くなり、大通りの賑やかさが聞こえなくなるころには、空気も比較的清涼なものに落ち着いた。


 シズマ、とエストレが服の裾を引っ張る。雨を口に含んだような、湿った声だった。


「あそこじゃないの?」


 シズマは振り返らず、視線を左右に動かす。狭い路地は先ほどまでいたノースゲートあたりとはまた違う様相を呈していた。あちらは誰もが好き勝手に作った造形物が、朽ちて補強されて結合されて、それでも一つ一つに「個性」のようなものがあった。


 だがサウスゲートの路地裏に並ぶのは、どれも同じ白っぽい直方体の建物ばかりだった。人の気配は殆ど無く、雨に濡れた外壁はどれも同じように見える。


 その中で一つだけ異色を放っているのが、軒先に安っぽい玩具を大量に飾った店だった。雨よけの分厚いビニールをアーケードのように張っているが、所々破けているのをテープで補強しているのが見る者の不安を煽る。

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