6.少女を巡る攻防

 引き金を引いた瞬間、銃弾の火薬が破裂する軽い音と、それに反する重い衝撃がシズマを襲った。スチームガンでは得られない独特の感触に口角を吊り上げ、続けてもう一発をレーヴァンに向けて撃ち込む。


 対するレーヴァンは慌てる様子を見せず、刀を大きく振り上げた。その軌道上にあった商品棚が、まるで紙細工のように切り裂かれ、載っていた玩具やぬいぐるみの中身を散乱させる。

 銃弾はその中の一つに当たって失速し、的外れな方向へと飛んで行った。


「確かに銃で獲物を撃つだろうが、その皮を剥ぐのは刃物だ。それに俺なら小鳥も鹿も刀で斬れる」


「いい刀だな。最近のコミックマガジンには、高周波ブレードのオマケがついてるのか? それともナカノのブロードウェイで買ったのか?」


 シズマは軽口を叩きながら、しかし銃口は油断なく相手に向けていた。高周波で刃部分を視覚出来ぬほど細かく振動させ、その力で鉄でも硝子でも簡単に切り裂く武器。一撃でもまともに体に入れば、致命傷は免れない。


「エストレ。俺から離れるなよ」


 背後にいる少女に声をかけ、シズマは銃のグリップを強く握りこむ。レーヴァンがエストレを連れに来たのであれば、殺すことはない。卑怯な手ではあるが、傍においておけば向こうも迂闊に手を出さないだろう、とシズマは考えていた。

 その思考を読み取ったのか、レーヴァンはゆるりと笑みを深める。


「クヒヒッ。結構、結構。素敵な策だよ、小鳥ちゃん。けれども彼女を危険に晒せないのはどちらも同じだ」


 そう言うと、レーヴァンは刀を床に振り下ろした。轟音と共に床材が弾け飛び、下の断熱材も宙に舞う。古い家屋で使われることの多いその断熱材は中に綿状の化学繊維が入っていて、瞬く間に店中を埋め尽くした。ありったけの埃をぶちまけたかのような惨状が出来上がり、エストレが咳き込む音が響く。

 シズマは遮られた視界の中で目を閉じかけたが、右目だけを見開いてレーヴァンの姿を追う。両目を有害物質に晒すことを避けてのことだった。


 床へ視線を落とせば、微かに相手の靴が見えた。その足を目掛けて引き金を引くが、レーヴァンが後ろに跳躍したことで床に着弾した。シズマはそちらからすぐに目を逸らし、辺りに意識を集中する。開いたままの右目に化学繊維や埃が入り込んで充血を起こしていた。生理的に流れ落ちた涙が頬を伝う。


 これ以上此処に留まるには、あまりに分が悪い。そう判断したシズマは退路を探すべく視線を左右に動かす。初めて来た店の構造など知る由もないが、少なくとも自分たちが入ってきた出入り口は把握している。


 室内を埋め尽くした繊維は、徐々に外に流れ出していた。緩やかにではあるが、視界が次第にクリアになっていく。完璧に視界が晴れたら、レーヴァンは二人に襲い掛かるだろう。逆に再度同じように断熱材を撒かれたら、シズマの右目は使い物にならなくなる。

 外に出るには今しかなかった。


「クソッタレ」


 小さく呟いたシズマは、左手でエストレの手を探す。華奢な右手を探し当てると、その手首を握りこんだ。エストレの腕が一瞬だけ反応したが、抵抗はしなかった。緊張しているためか肌の下は激しく脈を打っており、その血に混じる歯車がシズマの掌を微かに突いた。


 爪先をジリジリと動かし、店の外へと向ける。化学繊維ごと空気を肺に取り込み、一秒だけ息を止めた。息と共に緊張を吐き出し、外へと走り出そうとした刹那、シズマのうなじに冷たい声が突き刺さった。


「ここまで分かりやすいと、却って愛おしい」


 二人の背後に回り込んでいたレーヴァンが乾いた笑いを出す。シズマは血走った右目を閉じないようにしながら振り向き、エストレを背中に庇った。

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