3.最高傑作と最低条件

 コーノ・マサフミと名乗った店主は、シズマの銃を見て歓声を上げた。


「カラス弐号! こんな良い状態で見るのは初めてだな」


「周りには骨董品だと言われるがな」


「言いたい奴には言わせておけばいい。この銃の素晴らしさがわからないなんて、脳が腐っている証拠だよ」


 マサフミは愛おしそうな目で、テーブルに置かれた銃を眺める。


「今は無きカンベ工房が第二次工業革命の時に作った、正真正銘のカラス弐号だ。なんて素晴らしい。かの天才、カンベ・オウリの最高傑作を間近で見れるなんてね」


「あんたがこれを調整出来るという噂を聞いて、持って来たんだ。でもあんた、これ見たことないのか?」


「この目で見るのは初めてだ。だが、俺の頭の中には」


 太い指でこめかみを示しながら、マサフミは黄ばんだ歯を見せる。


「第一次工業革命以降の全ての銃のデータが揃っている」


「それと水餃子のレシピ?」


「その通り。カラス弐号は扱ったことはないが、壱号と参号は経験がある。調整は容易だよ」


 マサフミは一度席を立って、出入り口の方へ向かう。ひび割れたガラス戸を締め切ると、中から「臨時休業」の札を下げた。何十年前から使っているのかわからないほど摩滅した木の札が、ガラスに当たって乾いた音を出す。


 内側にある油まみれのカーテンを引いてしまえば、もう外から中を伺い見ることは出来ない。マサフミは何度かカーテンの位置を調整して隙間を埋めた後、弾むような足取りで戻ってきた。


「あんたのことはね、知ってるよ。カラス弐号を使う殺し屋がいるという噂はこのあたりでもよく聞く。本当にいるなら、拝み倒してでも銃を触らせてもらおうと決めていたんだ」


「変わった人ね」


 シズマの隣に移動して、ノート型端末を開いていたエストレが正直な感想を口にする。それを最大の賛辞であるかのようにマサフミは口角を吊り上げた。


「俺は普通のつもりだけどね。まぁお嬢さんがそう思うのは止めないよ。大事なのは他人の評価じゃない。俺の価値観さ」


 元の椅子に腰を下ろしたマサフミは、向かいに座るシズマを見る。


「この銃を調整するのに、どのぐらいかかるか知ってるかい?」


「勿論。調整に出すたびに断酒生活を強いられたからな。そこで相談だが」


「早まるなって。若い奴はせっかちでいけない」


 蒸気パイプを口に咥えて、ニコチンの煙を喉に流し込んだマサフミは、肺に収まらなかった分を天井に向かって吐き上げた。


「金はいらない。言っただろう、拝み倒してでも触りたかったって。調整だったら中の部品まで触れる。センダイのレースクイーン、アズ・マリノスの胸を触れるったって、これほど嬉しくはないだろうよ」


 ただ、と吊り上がった目が探るようにシズマとエストレを見る。


「どうにもあんたら、訳アリだな。時間にさほど猶予がない」


「当たりだ。出来ればすぐに取り掛かってほしい」


「それは勿論。だが調整には時間がかかる。初めて弄る銃相手に最速は出せない。わかるだろう?」


 シズマは頷いた。この銃は代替えが効かない。下手に弄って壊してしまえば、一巻の終わりである。


「どのぐらいかかる?」


「この銃をどうしたいかによって変わるが、一日は欲しい」


「一日」


 今のシズマに、それは途方もなく長い時間に思えた。まだ住居が無事であれば対策も練れたが、既に燃えカスと化している。唯一の武器である銃を手放した状態で、エストレの父親が差し向ける連中と渡り合える自信はない。


「くそったれ。俺がカミサマと同級生だったら、胸倉掴んで振り回して一日を半分にカットさせるんだが」


「生憎一日は二十四時間だ。諦めたほうがいい。それに今時、シャカもイエスも流行らんさ」


 冷静に指摘しながら、マサフミは銃を自分の方に引き寄せる。細い目を見開き、複雑に噛み合った歯車を舐めるように見回した。


「武器が必要なのか?」


「殺し屋に命を狙われててね。笑えるだろう」


「素敵なジョークだ。オーサカの喜劇団が喜んで唾を吐くだろうね。誰に狙われてるんだ?」


「レーヴァン」


 知っているか、とシズマが問うと、マサフミは銃から視線を外すことなく返事をした。


「あいつなら、この辺りじゃちょっとした有名人だ。二年前にチャイナタウンの重鎮どもを皆殺しにしたからね」


「あぁ、全員を紅殻楼こうかくろうの軒先に吊るしたってやつだろ?」


「それだけじゃない。あいつは殺した連中の口の端を切って、大口開いて笑ってるような形相に仕立て上げた。テルテル坊主のようにニコニコ笑顔で吊るされて、お陰で暫く雨が降らなかったんだ」


「悪趣味だな」


「それに狙われてるのか。ご愁傷様」


 マサフミは同情の言葉を述べたが、そこに気持ちは一切乗っていなかった。シズマはその様子に肩を竦める。

 憧れの銃に夢中になっている男にとって、シズマの命など何の意味もなさないに違いなかった。シズマが死ねば銃が手元に残るのだから、寧ろ願ったり叶ったりの可能性も捨てきれない。


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