4.カラスの逃亡
ステージの照明が落ち、同時に演奏も止まる。人間の客の戸惑う声と、アンドロイドの客の
「思ったより早かったわ」
エストレの声に重なるようにして、黒服に身を包んだ男たちが
いずれも手に銃を持っており、目の部分には赤外線スコープを嵌めている。彼らはそれぞれ四方を見回していたが、エストレの姿を見つけると銃口を向けた。
銀色に輝く銃は、銃身の右側に細長いガラス製のタンクを備えている。
水蒸気を高圧縮して銃弾とする「スチームガン」だと気付いた時に、シズマは思わずテーブルの上のタブレットと、エストレの右手を掴んでいた。
「来い!」
テーブルの左側へと転がり出て、最初の銃撃をかわす。
右頬を掠めて、高温の何かが通過する。ステージの上の照明が撃ち抜かれて、大きな悲鳴が上がった。
シズマはエストレの手を引きながら、床へとしゃがみ込んで、タブレットを口に咥える。空いた右手を腰の後ろに回すと、ホルスターに格納していた自分の銃を抜き取った。
鈍い光を放つ黒い拳銃は彼らの持つ物よりも一回り大きく、銃身を守るように鋼鉄製の歯車が並んでいる。
シズマの右の親指が歯車の一部を弾くと、それぞれが噛み合って動き出し、銃身の先が白く輝いた。
引き金が引かれた瞬間に、銃身から小さな光が放たれる。直線を描いて伸びた光が、彼らの持つスチームガンの一つを貫いた。
「こっちだ!」
結果を見る前に、エストレを促してシズマは店のカウンターの裏に滑り込む。
そこでは店主であるオールバックの男が、うんざりした表情で割れた酒瓶を拾っていた。こんな事態には慣れた、とでも言いたそうだった。
「裏口使うぜ」
「どうぞ」
男は面倒そうに、カウンターの下に仕込んだパネルを操作する。
割れた酒瓶の欠片ごと床がスライドして、人一人分入れるほどの穴が出現した。
「ありがとう」
「またのご来店を。だが二度と来るな」
二人が中に入ってすぐに扉が閉まり、その直後に爆発音が聞こえた。シズマが撃ち込んだ銃弾により、スチームガンが暴走した結果だった。
「何を撃ったの?」
狭い通路を走りながら、エストレが尋ねる。
「これは俺の愛銃「カラス」だ。横の歯車を微調整することで色々な銃弾を放ったり、あるいは威力を増減したり出来る。第二次産業革命の遺品で、まともに動くのはこれだけだ」
通り名の由来となっている銃を後ろ手に見せながら、シズマは説明をした。
「さっき使ったのはアンドロイドの殺害用に作った、スパーク弾。これを機械に打ち込むとショートする。スチームガンなんかは水をシリンダーに溜めこんでるから、効果抜群ってわけだ」
「でも随分大きな音がしたわ。大丈夫かしら」
「
「謝って済むの?」
エストレが不審そうな声を出したが、シズマは聞こえないふりをした。
裏社会の人間達にとって、こういうことは頻度は多くないが、珍しいことでもない。
昨日はあった店が今日は跡形もなくなっていたり、昨日まで存在していたはずの人間が、脳みそだけになってクール便で送り付けられることだってある。
こうして非常通路を、人間でもアンドロイドでもない少女を連れて走ることも、そう言った意味では珍しくない。
要するに彼らの周りは何が起きても不思議ではない世界だった。
「よし、上がるぞ」
入り組んだ地下道を走り続けて、一時間。
ある一つの梯子の前で立ち止まったシズマは、それに手をかけた。
「大丈夫? この梯子」
少し揺らせば赤錆が降り注いでくるような梯子を見て、エストレが眉を寄せる。
「嫌なら此処にいるんだな。あと十分もすれば腹を空かせた鼠が襲ってくる」
「それは御免だわ」
梯子を登った先にある鉄製の扉を押し上げる。先に顔を出したシズマは、降りかかる雨に眉を寄せた。
「なんだよ、雨か」
出た先は、先ほどの店から殆ど離れていない場所にある共同墓地だった。
細かな雨のせいで霧がかったように見える墓地に並んだ石碑が、物悲しく濡れている。
身寄りのない者が埋葬される此処には訪れる者もおらず、偶に役所が気まぐれで刈り取るのであろう雑草が、所々で腐った匂いを放っていた。
「ほら、上がれるか?」
穴の中に手を伸ばして、エストレを引っ張り上げる。
中を走り回っているうちに汚れたらしい服を気にしながら這い上がってきた彼女は、辺りを見回して肩を竦めた。
「お世辞にも良い場所とは言えないわ」
「静かでいいところだけどな。さっきのは君の父親の差し金か?」
「えぇ。わざと痕跡を残して貴方のところに来たんだけど、思ったより嗅ぎつけるのが早かったわね」
その台詞の意味をシズマは考え、そして数秒後に口角を歪めた。
「なぁ、それって……」
「父は恐らく、私が貴方を雇ったと思うでしょう。アンドロイドになるべき娘を殺そうとする不届き者として認識されたでしょうね」
「俺を嵌めたのか」
「だってそうでもしないと引き受けてくれないかな、って思ったの。でも貴方、それ受け取ったわね」
エストレが指差したのは、シズマがズボンのポケットにねじ込んだ、彼女のタブレットだった。
慌ててそれを抜いたシズマだったが、彼女は両手を後ろに回して、受け取り拒否の姿勢を示す。
「引き受けてくれてありがとう、カラス」
「……まじかよ」
今すぐタブレットを放り投げて、契約を破棄することも可能だった。
だが、そうしたところでエストレの父親が刺客を差し向けるのを、阻止できるとは思わない。
寧ろ、既に反撃した以上は、「お嬢さんと契約なんて結んでいません」と言ったところで、その報復としてスチームガンを撃ち込まれそうだった。
「仕方ない、一応引き受けるけどな」
タブレットを仕舞い込みながら、シズマはエストレを見返した。少女の頬には濡れた髪の毛が張り付いている。それが剥き出しの鉄線のように見えるのは、遠くから照らす街の灯りのせいに違いなかった。
「俺はシズマだ。カラスってのは止せ」
「じゃあシズマ」
あっさりと呼び方を変えたエストレは、悪戯っぽく笑った。
「私を殺してね。約束よ」
episode1 End and Next...
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