2.生まれ落ちた奇跡
「まず整理をさせてくれ。君の名前は?」
「エストレ・ディスティニー」
「「
「アンドロイド式でしょ」
アンドロイドにも苗字はあるが、それは製造地や製品の名前から一部取ったものが多い。同じ苗字のアンドロイド達は、要するに製造元や所属が同じことを差している。
「なるほど。で、君はその……」
「人間とアンドロイドのハーフ。証明は先ほどして見せたでしょ。お望みなら、腕の一本でも切り落としてみせましょうか? 血と一緒に歯車がザラザラ落ちてくる」
「いい。そんな特殊なスプラッタは見たくない。予算が子供の小遣い程度のホラー映画のほうがまだ楽しめる」
少女はノンアルコールカクテルを口に含む。
一見すると人間にしか見えないし、アンドロイドであれば必ずあるはずの首元のバーコードもない。
シズマは一七〇センチメートルしかない、この国では比較的小柄なほうである。少女はそれより更に小さく、恐らく一六〇センチメートルに少し満たない程度だと思われた。
アンドロイドに、そんな中途半端な身長の者はいない。その従事する業務によって極端に低い、あるいは高いことはあるが、あとは同じ身長の個体ばかりである。
「アンドロイドの部分だけを殺すなんて出来るわけないだろう。オショー・イッキューの謎かけをしているわけじゃないんだぞ」
「どこかの医者も医学論文で同じことを言ったわ。人間がアンドロイドになるのは簡単だけど逆は難しいって」
「つまり君は完璧な人間になりたいんだろう? でも黙っていれば気付かれないんじゃないか? 登録上は?」
「人間よ」
「じゃあいいじゃないか」
「だからよくないの」
エストレは大きく溜息をつく。
「私は人間として生きて来た。なのにアンドロイドにしようとする連中がいるの」
「その連中と言うのは?」
「父親とその部下よ」
シズマが何か尋ねるより早く、エストレは言葉を続けた。
「人間とアンドロイドの間に生まれた中途半端な私を、両親はどちらとして育てようか悩んだらしいの。けどアンドロイドほどの頑丈なボディがあるわけでなし、脳がチップと端子基盤で動いているわけでもなし、だから人間として戸籍センターに登録した」
けど、と妙に憂いを帯びた声がジャズの音色に紛れ込む。
「私を生み出したことがそもそも間違いだったの」
「間違いだって?」
「父親は私をアンドロイドにしたがった。母親は人間にしたがった。最初は他愛もない議論だったのが、お互いのアイデンティティをどうしても譲れずに言い争いとなり、やがて夫婦関係は破綻した」
アンドロイドである父親は、自分の子供であるのに人間である娘を容認することが出来なくなった。
半分はアンドロイドなのだから、あと半分も同様にすれば良いと思った。
だが母親はそれを許さなかった。人間として育てて来た娘の全てを否定するのかと声高に叫んだ。
「ラブ・ロマンスの末路なんてこんなものよ。両親が離婚をしたのが一年前。そして昨日、母は殺された」
「殺されただと?」
「恐らく父の差し金ね。「ヒューテック・ビリンズ」という会社を知ってる?」
シズマは黙って頷く。
社員はアンドロイドのみ。アンドロイドに使用される人口皮膚の世界シェアナンバーワンの大企業である。街ゆくアンドロイドの殆どの皮膚は、そこの工場で作られている。
「父はそこの社長なの」
「そこの重役といえば政府とも繋がりがある大物揃いだ。しかも社長とくれば、人一人ぐらい殺しても揉み消せるってか?」
「えぇ。父が差し向けた連中もそんなこと言ってたわね。私を父のところに連れて行こうとしたから、振り切って逃げて来たの」
「昨日?」
「昨日」
「昨日逃げて、今日には俺を見つけられたのか? 随分手際がいいな」
シズマは半信半疑でそう言った。
裏社会の繋がりを持たない一般人が、一晩で殺し屋を見つけるのは不可能に近い。まして年端もいかぬ少女であれば尚更だった。
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