第1話

足首までの長さがある漆黒のロングコートの裾をなびかせて、私ヴァルト・シーアは王城の敷地内を、王室に向かって歩いていた。なぜそんなところを歩いているかと言うと、呼び出されたのだ。国王直々のご命令があるそうだとかなんとか言って、私を寝床から強制的に引っ張ってきた眼前の女性騎士に文句のひとつも言ってやりたいものだ。

「ねえ、そのご命令とやらはどんな内容なの?」

と私が聞くと、なんと親切に教えてくれた。

「詳しくは知りませんが、どうやら騎士長どのに遠征に行ってほしいとかお聞きしましたが」

「ふーむふむふむ、なるほどねー。あのじーさん、私に恨みでもあるのかな、いや心当たりがありすぎるわ」

などとくだらないことをぶつぶつつぶやいていると、あっという間に王室へ到着した。

「それでは、私はここで見張りの任に当たりますゆえ。あまり国王陛下にいじわるしないで下さいよ。せーんぱい」

「善処する☆」

最大級の笑顔を見舞ってから王室の扉をたたく。するとすぐに「どうぞ」と返答が来る。

「しっつれーーーーい!おいブロント!私に用事っていったいなんだ!早く言えーーー!」

と元気よくのたまってからふと気づく。国王どのの隣に、見知らぬ人物が立っている。いや、正確には見たことあるのだが。えーと、確か名前は・・・

「グラウス司祭様、この者の非礼、深くお詫びします・・・シーアどのも謝りなさい、さすがにこの方の前でその態度は・・・」

「あ、グラウスか、おっひさー。って、もう50年くらい前かなぁ、最後に会ったの。めっちゃかわってるやん」

「そちらは変わってないようですね。お久しぶりです、姉貴」

おめめをぱちくりさせつつ私とグラウスの間を視線が行ったり来たりしていた国王陛下も、ようやく理解したご様子でこう言った

「あー、二人とももしかしなくても知り合い?」

「うむ、その通りです。姉貴・・・シーアどのは、過去にこの王国の危機を救われた英雄です。私はあの時のことを忘れたことは一度もありません」

「もー、人間は短命なんだからー。そんなにサイクルが早いとつまんないーもっと長く遊びたいなー」

「「いやあんたにはフルートがいるでしょ」」

二人同時に言わなくても・・・等々、呪詛げふんげふん文句をぶつくさ言っていると、国王がこれまでとは変わって真剣な声音で問いかける。

「さて、シーアよ。今から話すことは、この国の今後を左右するに等しい。真面目に聞いてくれるかの?」

「もちろん聞くさ。こういう時の国王はマジだって知ってるからね。」

「うむ。さて・・・先日、新たな魔力が東の方で発生したのは覚えておるな?実は先ほど帰還した遠征部隊が、その魔力の調査を行ってきたのだ。」

「あ、もう読めた。魔神族だね?」

私の言葉に、深いため息を吐いた国王は続ける。

「その通り。そしてその魔力は、不完全な状態ですらシーアどのの魔力を遥かに上回っている。これはもしかしたら、とんでもないものが復活してしまったかもしれん。」

「ふーむふむふむ、なるほどね。その魔力は私も感じてたけど、もしかしたら・・・・いや、似ているだけかもしれないし・・・」

「心当たりでもあるのですか?姉貴」

「うん。昔、国を追放される前に、"十三席アストラ"に私がいたのは覚えてる?そのうちの一人、名前をクリファイスってやつとその魔力の波が似てるんだ。確証はないけどね。でも本当に彼なら、魔神族じゃない分こっちが危険だ。絶対神族はデバフ系の魔法が得意だから」

「なるほど。もしそうだとすれば、下手に兵を送り込むのは危険じゃな。・・・シーアどの、行ってくれるかの?」

「ミトラスプリン1年間食べ放題チケットくれたらいいよ。あとフルートも連れてくからね」

「・・・・・・・了承した。一回で首を撥ねてこいとは言わぬ。自分の安全を最優先するんじゃぞ。出発は明後日の午前8時を目安に。わしからは以上じゃ」

「んじゃ、私も失礼するよ。この後フルートと約束もあるしね。グラウスはどうすんの?」

「私は国王陛下とお話ししたいことがありますゆえ、ここにしばらくとどまります」

「そ。じゃーね、お二人さん」

と言って扉を開け出ていく。一瞬隣の騎士と目が合うが、彼女も中の話が聞こえていたのか、緊張した顔で目を逸らす。

私は、ほぼ無人の廊下を歩き始めた。


***


明くる日の昼のことだ。フルートと一緒に飯を食っていたら、なにやら外が騒がしい。

外に出てみると、どうやら喧嘩の真っ最中らしい。近寄って通行人に事情を聞くと、どうやら背中に大剣を背負ったマッチョが、片手剣を腰に収めたひょろひょろに取り上げられた本を返せと喚いているようだ。くだらなーいと言い立ち去るのも騎士長としてどうかと思ったので、今にも剣を抜きそうな二人に歩み寄る。

「はいはーい、そこのお二人さーん、道路の真ん中で喧嘩しないでねー」

と呼びかけると、二人同時にこちらを睨んでくる。その時、片手剣の方が私に、

「なんだ、女じゃねーか。女ごときが俺様の話に割り込んでくるな。しっしっ」

と言ってくるので、少なからず怒りの気持ちが湧き上がるが、どうにか抑える。

すると今度はマッチョメンが私に話しかけてくる。

「すみません、うちの連れがひどいことを言ってしまって。それと、ほかの方々も道路の真ん中で邪魔をしてしまい申し訳ない。今すぐどきますので・・・」

と言って退こうとするマッチョメンに、今度は私が声をかける。

「いや、許さん。そこの片手剣使いと手合せでもしないと気が済まないな。どうだ?やるか?」

「ああ?てめぇみたいなチビに俺様が負けるかっつの。おい筋肉野郎。周りの奴らどかせ。」

「い、いや、でも・・・」

「でもじゃねえんだよ!俺様の言うことが聞けねぇのか!」

怒鳴られて、マッチョメンは肩を落として周りの人に離れるよう呼びかけた。

一方の観衆は、何が起こるんだ・・・というような空気が漂っている。まあ、フルートはやれやれという感じだったが。

「ごめんねーマッチョ君。あ、ヒョロ男。ルールはそっちが決めていいよ。私は素手でやらせてもらうけど。」

「なに?・・・・・まあいいだろう。じゃあルールは俺様が決める。」

1.先にギブアップした方の負け

2.スタートはマッチョの合図

3.魔法の使用は禁止

3つの簡単なルールを決めて、私とヒョロ男は10メートルほど離れた位置で向き合って静止した。

「では、始める。・・・・・」

マッチョが開始宣言をする直前。

「ねえ、きみ。本気でかかってきなよ?ぼくも本気で行くから、さ」

と、相手に届くギリギリの音量で呟いた。

「3・・・2・・・1・・・始め!」

ヒョロ男は、片手剣を引き抜いて突っ込んでくる。

私はそれを見つつ、左目をゆったりと閉じる。そして次の瞬間。左目を勢いよく開けた。


***


いやー、本気でいくつもりだなーありゃ。

私はシーアが手合せを申し込んだ時点で確信していた。

そしてその確信は正しかった。彼女が左目を閉じ、開いた瞬間。

彼女の左目の周りに、絶対神族の資料にあるのとよく似た紋様が闇色に浮き上がり、普段は右腕のみの隻腕であるはずが、今は違う。左腕に当たる部分に、これまた闇色の瘴気のようなものが生えている。

あれは、彼女が絶対神の力を解放した証だ。あの時、彼女は普段の能力値1万2000を遥かに超える5万6000まで上昇する。対する片手剣使いの能力値は32。いや、本気出さなくても勝てるくね?てか弱い者いじめじゃん。とも思うが、もとはと言えば片手剣使いの口が悪いのが原因なのだから仕方ない。

そう考える間にも、二人の距離は一瞬で縮む。そしてわずか0.2秒後。すでに決着していた。


***


「あーつまんなかったー」

私はフルートに文句を言った。


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絶対神と大罪人 @Yurtom

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