バレンタインデーの夜に【番外編】

五月雨葉月

バレンタインデーの夜【ユリアーナ×ミーゼ】 前編

「ユリア」


 私とミーゼは部下である夜番の近衛騎士に、ミランダ様とアリス様の事を引き継いだ後、私達の部屋に向かって歩いていた。

 時刻は普段より少し早い午後九時前、日は既に落ち、窓から見える中庭は煌々とライトに照らされていた。


「何かしら、ミーゼ」

「今日これから、着替えて城下に出てみない?」


 腕を絡ませながら歩いている愛しのミーゼから突然発せられた言葉に、私は驚いて目を見開いた。もともとミーゼは伯爵家のご令嬢。最近はアリス様の護衛として国民と触れ合う事が大好きな王女婦妻のお転婆な行動に付いて行って徐々に慣れているらしいのだが、やはり人混みというものは騎士としても、貴族としても好まないらしい。

 普通の貴族ならば人混みには積極的に入りたがらないだろうし、人が多いという事は護衛の手間も大変になると言う事もあり、おふた方には告げていないらしいけれどまだ苦手だろう。


 私も侯爵家をいずれ継ぐ者ではあるけれど、何年も前からミランダ様について城下や街に遊びに出掛けたことがあるので、もう慣れっこになった。


「いいけれど……ミーゼは大丈夫なの?」

「ええ。まだ不安は残るけれど慣れるには実際に行うこと。つまり城下に行くことが一番よ。私たち二人だけなら気を張っている必要もないでしょう? ……本当の目的は違うけれどね」

「本当の目的?」

「ええ。……でも、着いてからのお楽しみ。どう? 興味を持ってもらえたかな?」

「まあまあ、ね。いいわ、行きましょう。……でも何かあったらすぐ戻れるように、遠くは駄目だからね」

「大丈夫よ、ユリアったら。分かってるって」


 そうして私たちは、バレンタインデーの夜に街へと繰り出した。



 * * *



 あまり訪れることの無い夜の城下は、昼間以上に活気に溢れているような気がする。

 道路脇に連なる店や屋台から聞こえてくる楽しげな声。男女関係なく行き交う多くの人々が夜の街を楽しんでいた。


 私たち貴族は、あまり城下に繰り出すことはない。王城通いの貴族たちは城下に住んでいるとは言えど、王城裏手に広がる出入りにはチェックが必要な一等地に住んでいる者も多く、そこから直接王城に馬車で向かうため一般市民と関わる事は少ないのだ。

 私たちは近衛騎士の中でも数少ない王族の傍付。隊長格の待遇で王城の中に住まいを頂いているが、自分の屋敷は小さいながらも確保してあったりする。

 私自身は年に数回帰るか帰らないかだけれど、領地の実家から派遣されたメイドやら執事やらが暮らして仕事をしている。普段王女婦妻をお世話している私たちがお世話される事もある、というのは何ともむず痒い不思議なお話だ。


 高位貴族の中でも最も城下、それも一般市民と関わりたいと思って街へと繰り出しているのが王族だという点は、昔から遺伝子的にも変わらないのか近衛騎士が頭を抱える要素のうちの一つでもあるように、シスタリア王国では行動的な王族が非常に多い。敬愛するミランダ様とアリス様婦妻も例外ではない。

 しかしそんな王族たちに忠誠を誓ってほぼ一生傍で護衛や執務をサポートする私たち近衛騎士たちの離職率が大変低いのも、王族への親愛とパートナーとも言える王族との信頼関係が厚いからこそというのも我が国独特の文化であると言える。


 街の人々も王族の面々がよく来るとは知っているけれど、お忍びであることも同時に理解しているため、あまり騒ぎ立てずにいてくれるのはありがたい事だ。ただそれでも注目を集めてしまうのは仕方がないことだろう。


 そんな城下を恋人繋ぎをしながらミーゼに連れられてやって来たのは、一等地にほど近い高級住宅街の一角にあるレストラン。

 大通りに沿って建ち並ぶブランドもののショップの二階に位置するそのレストランは、貴族たちの間で密かに広まっている人気店だ。私も部下の近衛騎士の子から聞いただけで、実際に訪れるのは初めてのこと。


「ミーゼの来たいところって、ここのこと?」

「うん。私からユリアへのお礼代わりのプレゼントよ」

「ありがとう、とっても嬉しいわ♪ この前聞いてからずっと気になっていたんだけど、なかなかお休み取れないから来れなくて……」

「だと思って、ミランダ様とアリス様にお願いしてみたのよ。『今度ユリアと一緒にデートがしたいので、夜早めに交代をさせてください』って」

「え、そうだったの!? はじめて聞いた……」


 きっとミランダ様たちも、ミーゼの計画にノリノリで参加してくれたのだろう。今日という日付も、きっとおふた方も部屋にこもって出てこないからで……。


「『バレンタインデーの日なら、どうせ夕ご飯たべたらずっと部屋を出る事も無いし、わたしたちも次の日も動けないと思うから一日お休み取っていいわよ?』とも仰っていたので、お言葉に甘えることにしたの」

「あぁ……やっぱり? って、明日のお休みまでくれたの!?」

「ええ、次のお仕事は明後日の朝からよ。……ねえユリア」

「ん? 私、あまりの衝撃に言葉が出ないのだけど……」


 呆然としている私にユリアは、


「……今日と明日はずっと、一緒に愛し合えるね」

「……っ!?」


 と耳許で艷やかに言ってきたのであった。



 † † †



 歩道の真ん中で真っ赤になって固まってしまったユリアの腕をとり、半ば引っ張るような形でお店に入った私。予約をしていた個室に案内されて席に着いてやっと復活したユリアが、キョロキョロと物珍しそうに内装を見回している。


「不思議な模様よね……。このお店はルピナス王国発祥の、今シスタリアで大人気の料理が人気らしくて、そこでよく使われる模様みたい」

「へぇ……。確かにルピナス王国に行ったときに似たような模様を見た気がする」

「まだまだシスタリアで知られていない、流行になりそうなものがゴロゴロあったし。大陸が違うとあそこまで文化が違うってことを改めて実感したんだよね……」

「ミランダ様のおかげでいろいろな所にも行けるし、勉強になるわよね。これからも頑張らなくちゃ」


 にっこり微笑んで見つめ合うと、私たちの唇を軽く触れ合わせる。

 しばらく机から身を乗り出すように、啄むようなキスを何度かして、照れて少し微笑みあってから改めて座り直す。


「という訳で、東方料理のフルコースだけれど、大丈夫よね?」

「食べれない物は特にないから大丈夫よ? ……それに私はミーゼがくれるなら何でも食べるから」

「……っ、あ、ありがとう。嬉しい……」


 ユリアからのずるい不意打ちに顔を赤くしてしまったけれど、すぐに気を取り直して店員さんを呼ぶ。そして予め調べて決めてあったメニューを一旦確かめてから注文する。

 乾杯はまず最近シスタリアで流行りだした烏龍茶というお茶で。


「こちらのお茶――烏龍(ウーロン)茶と申しますが、私達が普段よく口にしている紅茶とは異なり、茶葉をある程度のところで発酵をやめているものを使用しております。日光にさらし、休ませることを繰り返したのちに作られているため、美しい香りとほのかな甘みが感じられる独特なお茶となっております」


 とティーポットに入った烏龍茶を綺麗な白陶器のカップに淹れながら説明をしてくれたのは、このお店の料理長と名乗る人物。

 きっと私たちの身分に気づいたんだろうな〜、なんて思っているけれど、何の害もないのなら余裕を持って受け応えることもまた貴族としての優雅な姿。


 ……なんてことも頭の済で考えていたけど、実際のところは注がれていく薄くて茶色い熱々の烏龍茶から香る、未知なる香りに籠絡されつつあった。


「それにしても、素敵な香りね……」

「もちろんでございます。こちらは我が店が仕入れた烏龍茶の数々の種類のなかでも最高級の茶葉を使用しておりますので、きっと、お気に召して頂けるかと」


 そう言って頭を下げる料理長に気づかれないように、そっと取り出した細い銀の針を取り出して軽く烏龍茶につけてみる。

 ……何もおこらない。


 そしてそれを確認してからカップを持ち上げ、くるりとひと回し。香りをよく確かめてからそっと口につける。


「うん。はじめて味わうけれど、とても美味しいわ……。そうだ、この茶葉を作り方と一緒に何日分か包んでくれないかしら?」

「ええ、ええもちろんですとも。お気に召されたようで何よりです。すぐにご用意して、お帰りの際にお渡し致します。それでは、ひとまず失礼致します」


 といって料理長が出ていったことを、私たちは貴族スマイルでにっこり見送り、足音が消えたことを確かめてから真顔に戻ってユリアとの話を再開する。


「毒もおかしなものもなくて、おいしいね」

「……普通の店が毒入りのお茶を初対面の貴族に出してきたら、大した度胸だと逆に褒めてあげたいくらいにあり得ない話だから、安心しなさいな」

「それでも警戒はいけないでしょ? 実際ユリアだって似たようなことをしてるし」

「こ、これはついいつもの癖で……。あ、そういえばさっきのはミランダ様とアリス様のために?」

「ええ。きっと気にいられるんじゃないかな、って」

「確かにほんのり甘くてさっぱりとしていて、香りもいいから健康にもよさそうね」


 私たちが飲む前に行っていたのは、烏龍茶に毒やら何やら変な物が混ざっていないか確かめるためのもの。一応幼い頃から毒や危険物質への耐性は付けてきているけれど、体内に取り込む前に察知できたほうがより安全だから行っている事。

 王城では毒味役がいるけど、外出先やお忍びでのお出かけでは主に私たちの役目になるため、常に毒味グッズは常備しているのだ。


 まさか大好きな人の行動に気づかれていないとおもったのか、ユリアがかなり私の言葉に驚いた様子。誤魔化されたけれど、私にはお見通し。


 この後、このお茶を物凄く気に入ったミランダ様とアリス様が、東方の国々との貿易を仲介しているルピナス王国の王女、リコ様を通じて東方のお茶を大量に輸入していった結果、シスタリアをはじめとした周辺諸国で東方茶ブームが起きたのはまた別のお話。

 非公式ながらも王族が愛用しているというお茶を一度飲んでみようと貴族たちが取り寄せに走った結果、美しい香りとほのかな甘みに魅了された貴族が続出していった。そして貴族たちが買わなかった安価な種類の東方茶が市井に降りた結果、国中にあっという間に広まっていったのであった。

 ……まさか私たちも、こんな大ブームに繋がるなんて考えすらしなかったのでかなり驚いていたりする。でも、このお陰か以前から仲の良かったルピナス王国と更に良い関係が築けたので良かったのかもしれない。


 なんて事を遠くない未来で考えるなんて夢にも思わず、私はユリアとのデートを全身全霊で楽しんでいた。



 † † †



 蒸し物や炒め物といったメインの料理が次々と運ばれてくるなかで、私とミーゼはお互いに食べさせあったり、アレンジしたらどうなるかといったような会話をしたり、普段の他愛ない話をしたりして楽しい時間を過ごした。

 気づけばコースの料理も残りデザートを残すのみ。


 カロリーを消費する機会が多く、食べれるときによく食べる私たちですら満腹感を感じされられるほど美味しくて、新しい料理の数々だった。

 最後に出てきた、真っ白なプリンのようなものに半透明なシロップがかかった、さくらんぼで飾り付けされている杏仁豆腐というデザートを口にする。


「知らない味ね……?」

「うん。プリンとは口の中での崩れ方がちがうよね。それに、このソースが甘み惹きだしているみたい……」

「こちらは杏という果物の種の中にある『仁』という部分を擦り潰して絞り出した汁を、寒天と共に固め、甘いシロップで味付けしたものになります。当店では材料の味を確かめて頂きたいため何もトッピングしておりませんが、フルーツなどを載せて食べるとまた違う美味しさがあるようです」


 と、料理を運んでくる度に解説をしてくれていた料理長。

 どうやら私たちが料理をしたりするらしい、と踏んだ料理長がサービスなのかは分からないけれど、途中からアレンジするならこうとか教えてくれるようになった。嬉しい配慮だけど、あっさり口に出してしまっていいのかな……とも思ってしまう。けれど、普段決められた料理しか作れないため、日々考えるアレンジメニューを客の前で言うくらいの発散にはなるのかもしれない。


 杏仁豆腐も完食し、食後のお茶を優雅に(見えるように)飲んでいると、お皿を下げようとしている料理長にミーゼが、


「お会計は控えている者に」


 とそっと耳打ちしているところをみかけた。

 私に秘密にしたいのかな? と一瞬で判断したのであろう料理長も、何も言わず小さく頷くと、笑顔のままで下がっていった。


「ごちそうさま、ミーゼ。……本当にいいの?」

「いいのいいの。今日は私から誘った訳だし。それにいつもお世話になってるユリアに感謝の気持ちも込めて、ね♪」

「私こそ、ミーゼに支えられているところも沢山あるからお礼をしたいのだけれど。でも、時にはこういうのも悪くないわね」

「いつもあなたが『先輩だから』と言って払っていたからね……。ふふっ、こう言うのも新鮮で楽しいね」


 むしろこそこそ話しに気付かれない訳がないという前提で話しをしてくれるミーゼ。私のことを知り尽くしていてくれる彼女に、私はいつも助けられている。

 まだ恋仲ではなかった、私が近衛騎士に所属してはじめて出来た後輩のミーゼ。そのときは普通の先輩と後輩の仲でしかなかったけれど、ミーゼの明るさに、元気なところに惹かれていった。お互いに良き友、良きライバルとして切磋琢磨し合ったからこその今がある。


 陛下にアリス様の専属近衛騎士に誰が相応しいか尋ねられたときも、無意識にミーゼの名が言葉として出てきていた。

 ずっと一緒にいる、ずっとお互いを見て伸ばし合う私たち。一番知っていて信頼できるミーゼになら、私の命も、もし私が居なくなってしまった時にミランダ様を守る者としての使命も任せられる。

 そう答えた私の言葉に陛下が『ミーゼの名前が出てくるとは思っていたが、ここまで熱い信頼のもとにあるとは思っていなかった。……どうかこれからも娘たちを頼む』と仰って頂いた事は、私の人生において何事にも勝る誇りだ。


 ミランダ様、アリス様と、私とミーゼの四人で王族専用の療養所に行ったときから、私とミーゼは恋人になった。今までずっと先輩と後輩、隊長と副隊長だった関係は、急速に近づいた。私はミーゼの全てを知ったし、私もミーゼに全てを露(あらわ)にした。

 今まで躊躇ってきたことも、恋人だから出来たということも沢山あった。


 新しい毎日の『私とミーゼ』の想い出を創り出してゆく。

 ミーゼとなら、何だってできる。そう信じて疑わないから。

 そう信頼されて、それに応えるために全力になれるから。


 私たちは、大切な人のために全力で尽くしていた。


「……。……ア、ユリアったら!」

「ひゃっ! ご、ごめんね。ちょっと考え事をしていたの。……それで、どうしたの?」

「これから私の私邸に行くけど良い? って聞いてたのよ」

「ミーゼの私邸に?」


 先述したように、私たちも城下に屋敷を持っている。

 主に領地ではなく王都で仕えている貴族たちのうちでも高位の家の者は、主に仕事をしたり客を招いたりする公邸と、プライベートで家族と一緒に過ごせるように建てた私邸を持っていたりする。

 領地持ちの貴族は、王都に滞在する期間が長くないから、王都に屋敷を分けて建てたところで管理が面倒なだけなので、ただ単に屋敷として所有している事が多い。


 私とミーゼの家は地方に領地を任されている、階級の中でも高位の家。爵位を持っている両親は普段は領地にいるが、私たちが不自由しないようにと王都にそれぞれ専用の私邸を建ててくれている。

 もちろんミーゼと私は普段一緒に王城で暮らしているため、滅多に帰る機会はないし、お互いの私邸を訪ねたこともない。

 つまり、今回また一つはじめてが達成されるということで……。


「うん。……今日は、私の家でいちゃいちゃしましょう?」

「……っ! え、ええ。そう、しましょうか……」


 身を乗り出されて、私の耳許でそっと囁かれた言葉に、両頬が赤くなるのを実感しつつ、こくりと頷いた。



 † † †



 来たときと同じく、きゅっとお互いの指を絡ませ合いながら歩く私とユリア。

 ただし今度向かう先は私の私邸だ。


 今日は、私が城下での警護に慣れるようにの練習と、いつもお世話になっているユリアに感謝の気持ちを伝えるためのお出かけ……がメインだった訳ではない。


 むしろ、ここからが私のこれからの人生をかけた大切な瞬間。


 そっと、ポーチの中に仕舞ってある小さな立方体の箱を確かめるように上から抑えると、勇気を貰おうと、軽く握りしめた。

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バレンタインデーの夜に【番外編】 五月雨葉月 @samidare_hazuki

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