うちの可憐なパートナーには悪評しかない
クイラールには東西南北と入り口が四つ存在する。王都に次いで人口が二番目に多く、そのうえ、祭りの都と呼ばれているため、商業人や観光客が多く来るために入り口を四つとたくさん造ったそうだ。
その重厚謹厳な石造りの大門の西側を抜けて、通行用の整地された道路を道なりに約五km程進むと西之森という場所がある。クイラール主街区を中央と捉え、その方角から西側にある森だからという安直な理由で付けられた名前だが、西之森は針葉樹が生い茂る所で見通しが悪い。
今回、俺とアイネは市民から出されたゴブリン討伐の依頼を達成するために西之森へと向かっていた。
そこは、見通しは悪いがクイラールに繋がる主要の一本道がある。依頼書によるとゴブリンが通行妨害をしてくるらしい。茂みの空けたところで天幕を張り、キャンプをしながら主要道路を通る馬車や旅人を襲い商品や金品を盗んでいるそうな。
ともあれ、俺とアイネは五体のゴブリン討伐のために西之森に到着したのはいいがどう見つけ出すか。ただ広大な敷地を漠然と探す訳にもいかないし、かといって闇雲に探しても意味がない。
「一度、端から端まで歩いてみよう。奇襲をかけてくるかもしれないし」
周りを見渡しながらアイネは一つの提案を述べる。
さすが、魔王討伐戦の最前線で闘っていた人だ。少し野蛮な作戦だが、表情には冷静な色が浮かんでいる。
こくりと頷くと一緒に歩き出す。風がひと吹きすれば土煙が舞う道路は、道幅が六mと馬車が通りやすい設計になっている。
数分直線道を歩く。両端から溢れる放射状の陽光が身体を照らし体温を上昇させるが冷風がそれを相殺してくれる。辺りを見渡すと人や魔物の気配が一切せずのどかな時間が流れる。
俺は右に並ぶアイネを一度見てから、口を開いた。
「聞いてもいいかな、アイネ。――魔王討伐作戦の最前線はどうだったか…」
俺の呼びかけに
気になったことを口にしてしまったが、やっぱり苦な質問だっただろうか。
「ごめん…やっぱり、思い出すのはきついかな?」
「ううん。大丈夫だよ、今までにたくさんの人に聞かれてきたから。どんなことを知りたいの?」
首を横に振ったアイネは苦笑を浮かべる。失敗したと胸を締め付けられる感覚を感じながら次の言葉を紡ぐ。
「どこが、というよりは全体的に。アイネが戦ったとこはどんな感じだった?」
「私が魔王軍殲滅で配置されたのは魔王城内だったの。討伐部隊は十番隊まで分けられて私は二番隊。担当した敵対相手は下っ端兵隊と魔王軍下幹部たちだったかな。みんな『下』だからといって侮れなかったよ」
アイネは一度周囲に視線を向ける。ゴブリンがいないか気配に意識を集中させているみたいだ。異常無しと判断したのか視線を前に戻す。
「みんな必死だった。一緒に時を共にした仲間が目の前で斬られたとしても、助けに入ることも手を差し伸べることもできなかった。私も、回復のサポートとして支援していたのに目の前の敵の対処に精一杯でなにもすることができなかったよ…」
不意にアイネは言葉を切り、下唇を強く噛み締める。当時の記憶が思い起こされ、悔恨を払拭したがるように。だが、そんなことで消えることはないだろう。
俺がこんなことを言えるのは、魔王軍殲滅作戦の悲惨さが周知の認識と言っていいからだ。
魔王軍の人数は二万。それに対して騎士軍は六千という少ない人数で奮闘した。倍の人数を誇る魔王軍に黒騎士率いる騎士軍が何故勝てたか、それは、量より質が高かったから。個の質が高く魔王軍よりも統率が取れていたから。しかし、多勢に無勢。個が量に囲まれてしまえば為す術がない。最終的に勝敗を決したのは駆け引きの巧さ、運の面が強かったからかもしれない。
そんな状況下での戦争はやはり犠牲を払わずに済まないわけであった。歩けば、魔王軍騎士軍、双方の死体が山のように肉片と血を撒き散らして横たわっていた。
これでも凄惨なことだが、困ったことに戦争が始まった十年間はひづみ―――王都南側十五kmに進んだところにできた空間の歪み、魔界と繋がる扉―――周辺では鉄の臭いが酷く、それが風に乗って王都や周辺の街に血液の臭いが届くという事象が起きた。それが、原因で環境問題や人々の健康面、精神面での問題が引き起こされてしまったのだ。今は消沈したけど。
そんなことが走馬灯のように脳裏でよぎっていると、アイネの声で意識が引き戻される。
「…でも……一番辛い思いをしたのは魔王軍上幹部と魔王を担当した一番隊の人かな。騎士軍を統制する隊長の黒騎士と副騎士団長以外は全滅したと聞いたし。 ……そういえば、アインはどこに消えたんだろう……?」
俯きかげんだったアイネは訝しむような表情を作り悲壮感漂っていたはずが、気がついたら怒気のような気配を感じる。
「黒騎士を実名で呼び捨て……仲が良かったの?」
「アインとは騎士団に入団したのがほとんど一緒だったから。彼とは結構話していたし一番隊と二番隊であったから、会うことが多かったの。……それなのに……」
不意にアイネは言葉を
「それなのに、アインったら私との約束をすっぽかして、勝手にいなくなったりして……!」
アイネは力強く目を見開く。
怒っているのだろうけど、怒り慣れていないのか怒っているようには見えない。
でも、初めてこんな姿の白の魔女をみた。世間全体の認知や人から人へ話される伝聞、初めて会ったときの第一印象、表立った時の彼女の姿。そこからは、柔和で優しく、誰か特定の人をこんなにも怒るなんていうことは想像できなかった。
だから、笑ってはいけないと思うけど自然と微笑ましくなってくる。
「約束っていうのは……?」
「私、アインと一緒に騎士団を抜けて冒険者になろうって約束してたの。なのに、アインは一人勝手にいなくなって……今度会ったら説教してあげるわ!絶対に許さないんだから」
苦笑を溢す俺の隣でアイネは鼻息荒くしている。
その時、俺たちをからかうようなそれでいて何かに気づいてもらいたいようなわざとらしい一条の風が土煙を撒き散らしながら通りを抜ける。
ゴブリンである可能性がある以上ここは―――
「アイネ、こっちだ……」
―――相棒の手を引いて近くの茂みに隠れる。
「何で隠れたの?目の前から多分だけどゴブリンが来ていたのに」
頭の上に疑問符を浮かべながらアイネは尋ねてくる。俺は首を傾げる白の魔女を見るがすぐに視線を落とす。手を握ったままだった。
「あっ、ごめん。――なぜ隠れたかだったね。あそこで待って二体討伐するのもいいんだけど、問題のゴブリンは五体だしあのゴブリンたちはキャンプ地に戻るんじゃないか?」
アイネは俺の顔を覗きこんだあと小さな影を交互に見る。
「どうして拠点に帰るって推測がついたの?」
俺は一度、容姿が朧気にみえ始めた影を指してから説明する。
「もし、観光客や荷物を乗せた商人の馬車を襲うつもりなら堂々と道の真ん中を歩かない。俺たちのように森の中に隠れて息を潜めているはず。あと、襲うのに人数が二人っていうのも少なすぎる。なによりあんなに暇そうにしていちゃ……ね」
彼我との距離が結構埋まったことにより相手の姿形が鮮明になってくる。
俺とアイネの視線の先、約百m前に、身長一mのくすんだ深い緑色の身体。両腕に金色の謎の文字の刺青を入れ革鎧を装備した禿頭の魔物が姿を現す。ここに隠れたのは正解だったようだ。
二体のゴブリンは首の後ろに腕を回して会話に花を咲かせている。
現時点では、俺の話に確証は生まれていないけれどアイネは目を見開き感嘆な声を漏らす。
「君、観察眼に優れているんだね。そっちの線が濃厚だと思うよ」
アイネはこちらに近づいてくるゴブリンを見据えながらにやりと笑う。
「……なら、あの二人はまだ殺す必要はないね。キャンプ場に逃げるのを隠れて尾行しよう」
「俺も同じこと考えてた。それでいくか」
ちらりとアイネの横顔を見る。
この西之森に入る前の作戦といい今の表情。俺の知っている白の魔女との像と
アイネには気づかれずにかぶりを振り今の気持ちを掻き消す。そして、視線を一度左斜め前に向ける。
アイネと俺、ゴブリン二体との距離は収縮しつつあり、焦茶の光沢が重く鈍い音を響かせながら近づいてくる。
息を殺し気配を極限にまで消す。
ゴブリンのだみ声が愉快そうに腰に携えた剣の金属音と一緒に耳に届く。
「なぁ、そろそろ戻ろうぜ。今日は全然獲物がとおりゃしねぇ。でもまぁ、おもわぬ収穫があったし良しとするか」
赤いバンダナを、尖った耳のついた頭に巻いているゴブリンがけらけらと実に愉快そうに口の端を歪めている。
どうやら、俺の推測は当たっていたようでこれから拠点に帰還するようだ。
そんな赤バンダナのゴブリンが気になることを言っていった。
―――おもわぬ収穫があったってなんだ?
まさか、俺たちが西之森に到着するより早くに誰かを襲ったのだろうか。いや、それだと矛盾が生じるか。あいつは全然獲物が通らなかったって言ってるし、例え、観光客や商人の荷馬車が通行したりした場合。襲われていたら俺たちが何かしらの異変に気がつくはず。
なら、何を手に入れたのか。
まだ、それを明らかにするのに情報が足りなすぎる。
頭を回転させていると、赤バンダナの隣のゴブリン――下牙が長く突き出したゴブリンが話しだす。
「そうだな……」
赤バンダナのゴブリンとは対照的に下牙を長く突き出したゴブリンは声音が落ち込んでいた。
赤バンダナは頭の後ろで組んでいた手を前に戻しながら下牙に笑いかける。
「何悩んでんだぁ?さっきから……」
「いや、この間人間が話していた問題で『興奮すると十倍の大きさになる身体の一部の場所はどこ?』ってやつが解らんから、考えてた……」
この二人から有益な情報を聞けると耳を傾けていたがそれは無理なようだ。
いくら暇だからといって無警戒すぎやしないだろうか。こうして、近くの茂みに闖入者が今か今かと機をうかがっているというのに。
赤バンダナと下牙のゴブリンを改めて見る。下牙突き出るゴブリンは今もなお人間が話していたという、問題に首をかしげている。
『興奮したら十倍の大きさになる身体の一部は?』
だったかな。こんな問題すぐに解るだろう。
一人答えを心の中で転がしていると、隣で息を殺しているアイネの姿が目に入る。仄かに頬が紅潮している。多分、別のことを考えてしまったのだろう。触れないでおく。
「おいおい、まだ答えがおもいつかねぇのか?俺なんかすぐに解ったぜぇ?」
「まじかよ。何だ、言ってみろ」
「答えはど―――」
「うわぁぁぁああああ!!」
俺の側で大人しくしていたはずのアイネがいきなり飛び上がり悲鳴に近い声を上げる。
びくっ、と俺、そして目の前のゴブリンが三人揃って体を震えさせる。
小声で
「ば、ばかっ!今飛び出しちゃまずいだろ。計画が台無しに……」
アイネにだけ聞こえる声で話すが、相棒の耳には届いてはいないようだ。
それどころか、アイネと討伐対象者の間には沈黙が降り見詰めあっている。
膠着状態が解けたゴブリンは声を重ねながら一言絶叫する。
「し、し、し、白の魔女ォォォォォおおおおお!!!」
次はアイネが身体を仰け反らせる番だった。
声が裏返っているよ。ゴブリンたち。
俺の存在は気づかれていないようなのでこのまま、気配を消すことを続行する。
瞠目しながらひとしきり甲高い声を上げた緑黄色の魔物は白の魔女ことアイネを見詰める。
数秒後。
ゴブリンのうち一人――下牙鋭く突き出した片方が泡を吹いて失神する。
目の前の光景があまりにも驚愕だったので俺も勢いよく立ち上がってしまった。
まずい。というか、ゴブリンがアイネを視認した途端に絶叫しそのうえ、卒倒ってどういう状態だよ。
隣の相棒に畏怖の感情を感じてしまう。
「ひ、ひどくない!?私を見た途端に幽霊でも視たような反応をして。そ、それと、変なクイズを出さないで!」
「おい……!デジ、デジ。目を覚ませ、今すぐに逃げないと白の魔女に殺されるぞ!」
頬を未だ紅潮させたアイネが赤バンダナのゴブリンにご立腹のようだが、当の本人は仲間のデジと呼ばれたゴブリンの顔を往復ビンタしている。
なんだこの状況。
――と、最初は考えたが、もしかしたら、この状態は利用できるのではないか?
「……アイネ、何でもいいから魔法の詠唱をしてくれないか?謳うだけでいいから発動はしないでくれ。あとできれば、殺気を込めて……」
アイネに小股で二歩近づき耳打ちする。相棒は小首を可愛らしくかしげ懐疑的な表情を作るがすぐに諒解して詠唱の準備に入る。
次の瞬間。
大道を通り抜けていた風はぴたりと止み小鳥のさえずりが鳴き止む。辺りは静寂が支配し地面が微かに揺れる。
殺気を込めてほしいと願ったのは俺だけれど
「おいおい!何をする気だよ。くそがぁ、噂通りの残酷さだな!『残酷姫』の異称がお似合いだせぇ!」
赤バンダナは唾液が飛び出る勢いで台詞を吐き捨て、震える脚で仲間を抱き上げる。そして、そのままよろけながら三々五々する。
「計画通り……! ありがとう、アイネ。あいつの後を追おう、きっと他の仲間のもとに帰るはずだ」
大股ジャンプで草地から乾いた地面に飛び出る。
顔を上げると例の二人はよろめきながらも持てる力で速度を上げていく。
とすん、と背後で音がすると隣にアイネが並ぶ。表情から、状況を理解したようだ。互いに軽くうなずきあうと、小走りで対象者の背中を追う。
俺たちとの距離が十m以上に広がったとき赤バンダナは突如として身体を左へ回転させる。そこが、天幕を張った仲間のいる道なのだろう。
十数秒後、俺を先導に木漏れ日落ちる涼やかな針葉樹の中へ侵入する。
かさかさ、と葉が衣服と擦れる音を聞きながら俺はアイネに尋ねていた。
「アイネ、いったいどんなことをしたらあんなに恐がられるんだ?」
並走していたアイネは涙を目尻に浮かべながらうなだれる。
「ううっ……。知らないよ、いくら相手が魔物だからといってもあんな反応されちゃうと精神的に傷つく……」
もう一度、深く哀しげに唸る。
そうだよな、と俺も共感してしまう。いくら魔物相手といえども目の前のゴブリン二人に化け物みたいな扱いをされては、誰だって傷つく。
「どんまい……もしかして、魔物の間では、『wanted:白の魔女』みたいな感じで指名手配されていたり……ごめん、そんな顔しないでくれ」
冗談で言ったつもりが結構気にしているようで、下唇を噛み締めている。
その時前方から煤の木材を燃やす臭いが鼻腔をくすぐる。
そろそろ、目的地のようだ。前を走っていた赤バンダナと下牙のゴブリンが黒い影となって視界から消える。
三秒後、俺とアイネも抜ける。場所は、直径二十mほどの円形の空き地。中央では麻を基本とした布地の天幕が張られており近くでは、口から先の尖った木の棒を出した魚が煌々と焼かれていた。
どうやら、思惑通りに敵の本拠地を割り出すことができたようだ。だがなぜ、ここが発見することができなかったのだろうか。この敵地は西之森を突っ切る一本の主要道路からそう遠くない場所にある。そのうえ、もうもうと煙が出ているのにどうして気づけなかったのか。
しかし、そんな疑念は目の前の赤バンダナの大声によって打ち消されてしまう。
「おい!おめぇら、速く表に出てこい!面倒なことになっちまったぞ」
その声に呼応するかのように、ぞろぞろと残りの三体のゴブリンが鈍い音と金属音を響かせながら麻の入り口から出てくる。
「騒がしいぞ、一体なんだ」
ぽりぽり、と深い緑色の骨ばったお腹を掻きながら出てきた一人目が
眠そうな半眼をしっかりと開いた途端に、
「おい!本当にどうしたんだ!?」
瞠目しながら驚声をあげる。
焚き火の煙の影響でゴブリンたちの姿が見えなかったが、風のおかげで全貌が現れる。
負傷したゴブリン一体を除けば残る力が余るのは四体。ゴブリンは初心者冒険者が初めに必ず攻略するといってもよい。メジャーな魔物だけれども油断はしてはいけないやつらで、彼らは単独行動するのは稀で基本的には集団で行動をする。囲まれたら最後、袋叩きにされる。
ゴブリンにはそれほどの知能がある。というよりは、悪知恵がよく働いている。
だから、連携のとれない未熟な冒険者パーティーはその手法によって息の根を止められてしまう。今なら、受付のティオさんのアドバイスが理解できる。
赤バンダナが俺たちを指差すと他の三人が一斉に仰ぎ見る。そして―――
「しろのまじょょぉぉぉ!!!」
全くもって同じ反応をした。声、裏返りすぎだろ。
びくっ、とアイネが驚く。
相棒を尻目に前へ歩みを連ねる。
「ちょっと待て、近づくな!―――だから、まじで近寄るな!」
冒険者相手にその発言はどうだろう。
足を止める代わりに怪訝な表情と語尾を曲げた声を絞り出す。
「訊いていいか、何でそんなにもアイネに過敏に反応する?」
疑問を口にすると、ゴブリンたちはぱちぱちと目を開閉させたあとに、何か思い出したように唸り、口を開ける。
「お前が知らないのも当然か。まず、白の魔女は魔物の間では指名手配されている……」
まさか、予想が当たっていたとは。
ゴブリンの話は続く。
「しかも、その女は俺たちの同胞を無慈悲にも殺しまくった!」
身ぶり手振りを交えながらゴブリンは熱弁する。きっと、魔王討伐戦のことを話しているのだろう。
「その恨み方はお門違いなんじゃないか?戦争とはそういうものだ。こちらの陣営だってたくさんの人が犠牲になった」
「たしかにそうだぁ。だが、許せないことがある。戦争生還者から聞いた話だがぁ、お前のお仲間さんは、戦場で魔王軍の歩兵たちをじっくりといたぶりながら殺したそうだぞぉ!しかも、不敵に笑いながら同胞の生き血を飲んでいたそうだ!」
「やってないし飲んでない!」
下牙ゴブリンの容態を確認していた赤バンダナが話の続きをしてくれたが、その内容に驚きを隠せない。
背後を振り仰いで頬をお餅のように膨らませたアイネに尋ねる。
「最前線でそんなことやってたの?」
「ルーインまでなに言ってるのっ!してないからそんな事。な、なによ。そんな眼で見ないでよ!」
「ごめんごめん。アイネの話を聞いていれば、ありえないってことはわかるよ」
瞳に涙を浮かべながら両手の拳を上下に揺らすアイネに苦笑を浮かべる。
そうすると、背後から怒号が届く。
「おい、イチャイチャするな!ずるいぞ!」
ずるいぞって……。
「ルーイン、こいつらの話なんて無視して依頼をとっとと済ませよ」
アイネは魔法の詠唱の準備を始める。詠唱の内容だけではどんな魔法を行使しようとしているのかはわからないけれど、肌を撫でる電撃の痛さでやばいことだけは理解できる。
ゴブリンたちは慌てふためく。
「おいおい、落ち着けって!」
「今、俺たちに向かって
ゴブリンは焦りながら天幕の後ろに動く。背後から聞こえてきた詠唱の声が中断されると――いっても、アイネレベルの魔法使いになれば途中から詠句を開始することはできるだろう。だが、それには集中力を問われてしまうが――ゴブリンたちは、黒色の布製に包まれた荷台を運んでくる。
ここで、初めて目の前の魔物は獰猛に微笑む。
しわのついた布がめくられると、縦二m、横二m、高さ三mの箱型の鉄製檻が姿を現す。
「―――っ……!」
俺とアイネはゴブリンの言ったことの重大さに今、はたとして気づく。
黒光りする鉄柱の奥に潜むのは五人の子供たち。男の子二人に女の子三人。
こいつら、人拐いを!
目を凝らすと子供たちは四肢を錆び付いた拘束具で捕縛されていた。
白い頬には涙を溢した跡、瞳が充血しているということ、俺たちがここに来たときに泣き声が聞こえなかったということは結構な時間が経過していることに違いない。子供たちは助けを懇願するような眼差しを送ってくる。
注視することによって分かったのだが、この魔物たちは人の子を拐ったのではなく―――
「ひゃっはー!白の魔女でも人質がいるともなれば攻撃なんてできないだろう。それも、人間じゃなく妖精族となればなぁ!」
そう、こいつらは神にも等しく尊いとされる妖精族の子供たちを誘拐しているのだ。恐れ多いにもほどがある。
「一体何が目的?妖精族に対してそんなことをするなんて正気の沙汰じゃないわ。今にも罰が下るよ絶対に」
「俺たちを見逃せ。そうすればこのガキどもを解放してやる。さもなくば……わかるな?」
にやりとゴブリンが嗤う。続々と周りの仲間が抜剣して金属音が空気を揺らす。
この状況下では下手に攻撃を仕掛ける真似は出来ない。なので、一度アイネの近くまで戻る。
俺は歯を噛みしめ観念したように唸る。
「わかった……でも、子供たちを逃がすのが先だ」
俺は腰に携えていた黒剣を遠くへ投げる。目配せでアイネにも指示を飛ばすと握っていた魔法の杖を後方遠くへ投げ飛ばす。敵対の意識はないことを態度でしめす。
魔物たちは満足したように粗い刀身が目立つ剣を鞘に戻す。案外素直な様子に疑問を覚えるがきっと、白の魔女を前にして相手も下手に行動できないのだろう。
「へへぇっ、それでいいぜぇそのままにしてろ。おい、デジを頼む。 ………これが、牢屋の鍵だ。扉を開けてガキどもを解放したら俺たちは去る。だから、取引どおり俺たちを殺そうとなんて考えるなよぉ?」
赤バンダナは未だ気絶をする下牙を仲間に託すと天幕から一本の鍵を取り出して俺たちに見せつける。
俺が頷くと次の瞬間には『カチッ』と施錠が解かれる音が風に乗って届く。
軋む音とともに扉が重たい音を響かせ開く。
透明色の羽を輝きを伴いながら閃かせ、五人の妖精族の子供たちは泣きながら近づいてくる。腰を屈め俺に抱きついてきた女の子と男の子をそれぞれ慰める。
「安心してくれ、もう心配しなくて大丈夫だから…な?」
頭に手を置き撫でる。妖精族相手に少し恐れ多いが。
泣き声は弱まりつつある。
視線を金色の髪の毛から上にもっていくとゴブリンたちはまさに脱兎の如き疾駆で俺たちの入ってきた道に戻っている。
腰元に手をかざしながら目線を後方に横たわる愛剣に向けてしばし黙考する。
―――どうするべきか。相手には手負いがいるおかけで今からならなんとか追いつくはず。でも、それにはこの子たちを……しょうがないか、今回ばかりは見逃して次に持ち越そう。
今日は引き上げることを告げるためにアイネの方向に振り向く。時間的にも昼なんてとっくの前に過ぎてしまったし。
しかし、相棒は何を思っているのか右手と視線を直線上に、茂みに消えようとする魔物たちに向けている。
そして、大声で審判を下す。
「あなたたちはどうやら勘違いをしているようだけど、魔法使いは杖を失ったって魔法は使えるのよ?威力は弱まってしまうけれど―――」
次の瞬間。
「『スパーク…!!』」
手のひらから強光が迸り空気を振動させ、一条の光は数m走る。そこから、五つに分岐し速度をあげながら森へと消えた。
俺は目と口を見開きながら相棒を見つめる。
「よく射ったね……」
「だって私は取引条件に承諾した憶えはないもん」
俺が考えていることを察したのは流石だと思う。
「……俺、何でアイネが『残酷姫』なんて呼ばれているかわかった気がする……」
西之森には五つの木霊が悲痛に響き渡った。
黒と白の物語《ヒストリア》 青猫 @aoineko
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。黒と白の物語《ヒストリア》の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます