黒と白の物語《ヒストリア》

青猫

第1話魔王が死に人々には自由を



『魔王は死にました』



そんなしらせが澄んだ曙光と共に王都に根のように広がった。

魔王との戦争は十年にも及ぶ激戦だった。しかし内訳――九年を於いてたった一年で魔王を打ち倒した者がいた。

この世界には上級職業というものが存在するが、魔王を倒したのはどんな戦いも切り抜けてきた歴戦の勇者ではなく。はたまた、魔法の極致に辿り着いた賢者でもない。魔王を仆斃ふへいすることを達したのは王都直属の騎士団団長。黒騎士と呼ばれる、アイン・ニグルム、歳若き青年だった。

彼の剣技は騎士団の中でも突出しており、騎士学校時代から一位に二位を争うほどの腕前だったらしい。その腕が買われたのかは定かではないが、現王様と先代の騎士団団長が黒騎士を任命した。世間では『なぜ?』という声が上がり。『通例では副騎士を任命するべきだ。素性がよくわからずそのうえ実績の少ない子供を騎士団、しかも団長にするなんてありえない。人の明日を預けるなんて考えられない』という非難の声が上がったが、彼は多大なるプレッシャーのなか着実と功績を掴み。そして、選定されてから一年後に魔王を打倒した。

王都が復興してから魔王討伐に関係した人たち全員に名誉と報酬が与えられた。城下町では文字通りのお祭り騒ぎとなっており、来年からは魔王討伐に成功した四月五日を祝勝祭としようということになった。

 そして、約四週間後の五月二日にもう一つ大きな事件が発生した。




      * * *


 



 麦酒の芳しい香りが鼻腔をくすぐる。

 仲間との話に興じる喧騒が耳朶を撫でる。

 トレーにお酒と食欲を誘う香りを放つ料理を乗せたウェイトレスの少女がしなやかな指をある方向に指し示す。

 お礼を述べてから、足底に硬い質感を感じさせながらそちらへ歩を連ねる。

 受付窓口には嫣然えんぜんとした笑みを湛える受付嬢が顔を覗かせていた。少し遅めの動作で近寄ると、受付嬢は栗色の髪をはためかせる。


 「今日はどういった御用でしょうか?」


 美髯の端に営業スマイルを刻ませながら問うてくる。

 手元からお金を取り出すと俺はカウンターに置き応えを証明する。

 

 「冒険者登録をしたいのですが」


 「はい、冒険者登録ですね。では………こちらに必要事項が書かれておりますのでご記入ください」


 ごそごそと背後の戸棚から少し色褪せた羊皮紙を取り出してくる。

 受付嬢さんが手渡してくれた海洋魔物で作られたペンを握りながら羊皮紙と睨み合う。必要事項というものはかたいものではなくとても簡単なことだった。

 俺は何の迷うこともなく記入していく。


 【氏名】

ルーイン・フィードル


 【性別】


 【年齢】

十八

 

すぐに書き終えることができたので受付嬢さんに手渡す。

 反対の方向から確認すると、異常なしのようで次の動作に進む。小さいな手を羊皮紙の中心にかざし透明色の球形の石を置く。


 「では、この水晶玉に両手を乗せてください」


 「これ……何ですか?初めて見るのですが」


 「この水晶玉はダンジョンでしか手に入らない特別なマジックアイテムです。これに両手をかざすと対象者の能力値を計れる代物ですよ」


 無意識に驚声を漏らしながら説明どおりに手を優しく置く。

くだんのマジックアイテムは透明色から力強く輝きを持つ。同心円状に光は広がり黒い文字を朧気に浮かび上がらせる。鮮明に文字と数値、記号が刻まれたところで受付嬢さんが手に取る。

結果的に俺の能力はどうなのだろうか。

友人から聞いたのだが冒険者登録の際に受付を担当していた人が何ごとかで騒ぐと冒険者ギルド内にひしめく冒険者たちが喜色一杯で騒ぎ出すイベントが発生するそうなのだ。

固唾を呑みながら時を待つ。流れがスローに感じるのは気のせいだろうか。

受付嬢さんは羊皮紙に書かれた能力値を吟味してから驚嘆声を発する。


「これは驚きましたね。どの能力値も平均値より遥かに高いです!付かぬことをお訊きしますが、ルーインさんは冒険者の前は何をなさっていたんですか?もしかして、貴族の方ですか?」


ここで貴族という単語が出てくるのは俺の持つ数値が原因だろう。

一般的に貴族を説明してしまうと、一等から五等までの爵位を保持する者たちのことや貴族たちと関係があった者、類縁がそうだった者、商業の道で大成功を収めた者たちのことをいう。ざっくり言ってしまえばお金持ちな人たちことだ。

そして、彼ら彼女らは幼い頃から英才教育として剣技の極意を教え込まれる。その過程の中で下級ではあるが魔物と闘うので、戦闘中に能力が鍛えられたと、受付嬢さんは考えたのだ。

俺は受付嬢さんに向けて首を横に振り、しっかりと否定する。


「いえ。特には何もしていなかったし、俺はただの平民出へいみんでですよ」


「そうなんですか!?それなのにこんなに数値が高いのはすごいですよ!」


子供のように目を煌めかせる受付嬢さん。

これは……この流れは、もしかして……。

―――と。


「ティオさん!また、すげぇ冒険者が誕生したのか?」


いつからいたのか、背後には防具に身を包んだ数多くの冒険者たちが屹立していた。

―――また?


「ええ。もしかしたら、みなさんより強いかもしれませんよ?」


冒険者たちを煽るように声をかける。いや、逆に士気を高めているのかもしれない。


「なにぃ!?この青二才が俺より強いだと。おいお前、俺と剣の腕を競いあえ!」


黒塗りの鉄の鎧に金属の角が生えた仮面をつける大男が両手斧を持ちながら一歩前へ出て囃し立てる。


「いやいや、俺たちのパーティーに入ってくれ!前回の子はヘッドハンティングできなかったんだよ」


今度はたいした装備をせず必要最低限の軽装で槍装備の細身の男が大男の隣から一歩足を出す。

二人が引き金となったのだろう。続々と名乗りの声をあげる冒険者が増える。


「お姉さんのところにおいでよ、坊やなら大歓迎だよ」


「あんた、見るからに剣士職希望だろ?うちに入ってくれ、前衛が不足していて困ってたんだ!」


「いやん!そこのハンサムなお兄さんっ!私のところに来て、腰に携えた黒い剣で私のことを切ってぇ!」


「私たちのパーティーに加入すれば、三食おやつ付き、お昼寝もあるよ!」


続々と勧誘の声が届く。友人の言うようなイベントはきっとこのことだろう。悪い感じは全然しない。しないのだけれど、最後の二つ明らかに発言がおかしいよね。人をなんだと思って。

特に、私を切ってって……。

発言者である、青い顎ひげを生やした女性の格好をした男性。いわゆる、オカマの人がさっきからウインクをしてくるのだが。


「すいません、みなさん。まだ説明が終わっていないので勧誘はもう少し待ってもらえませんか?」


受付嬢さんが手を合わせながら懇願する。

最初は諦めきれない様子で冒険者たちが困惑してしまう。しかし、上目遣いで再度お願いすると、しぶしぶといった感じでお酒の並ぶ席に冒険者たちは戻る。


「すいません、騒がしい人たちばかりで。――では、残る説明をしますね。と言っても冒険者になる上でのルールを説明するだけなんですけども…」


「ルールなんてあるんですか?冒険職は収入は安定しないが誰でも気軽にできる博打みたいな自由職と名高いと有名なんですが……」


「一般的な認識としては確かに間違っていません。以前までは規則なんて存在しなかったんですから。ですが、約十年前に魔王が出現したことにより、魔物の数が増えてしまって、上層部の方で会議が行われたそうです。冒険者たちにも戦争に貢献してもらおうと。それで、規則が追加されました。当初は気難しいものばかりでしたが、現在では、数が減り簡単な規則になったので、あまり心配はなさらなくても大丈夫です」


子どもを諭すような優しげに受付嬢さんは笑う。だが、どこか儚さが見え隠れしている。少しだけ瞳の奥が悲しげだ。

きっと彼女はたくさんのことを見てきているのだ。多くの人と出会い、そして、彼女のもとからたくさんの人が去っていった。

それは言ってしまえば呪いみたいなもの。

ギルド職に就いた以上辞めるまで、拭っても拭っても落ちることのないシミのままだろう。

しかしそんなことは受付嬢さんも覚悟の上のはず。

俺は首肯し先を促す。


冒険者に対する規則。


一.冒険者カードが紛失してしまった場合各地域のギルドで再発行できるが金銭が発生する。失った回数によって金額は加算される。

一度目は冒険者登録と同額の千ユース。

二度目、倍額の五千ユース。

三度目以降は千ユースを加算されていく。


二.他者に自身の冒険者カードを譲渡する行為を禁止する。


三.冒険者カードを売買することを禁止する。


四.一ヶ月間活動を行わなかった場合、冒険者登録表から除名され無効となる。


五.魔物から獲られた戦利品は正当な理由がない限り取り引きを行わないこと。ギルドでの換金。


六.亜人族と遭遇した場合は必ずギルド本部に通達すること。捕縛は推奨するが各個人での殺処分は禁止する。


七.地主を瞻仰せんぎょうすること。


「―――以上が規則となります。質問はございますか?」


胸に手をあて撫で下ろす。


「六番目の規則は十年前に起きた事件のことでできたんですか?」


十年前に起きた事件とは、亜人族が村や街を襲撃した事件のことだ。

そもそも亜人というのは半獣半人のことを指し、彼ら彼女らは人の姿をしていて体の一部が動物の器官になっている。

そんな亜人たちが起こした事件が魔王との戦争につながり、今まで世間の認識は「大人しい人間」だったが事件以降「忌むべき存在」、「災いを呼ぶ生物」と改められてしまった。

戦争時に亜人たちは魔王軍に加わり敵対関係に陥り、殺し殺されの血生臭い泥沼戦争と化してしまった。

魔王討伐も終わり世界が平和を取り戻した……というよりは、前の世界に戻っただけなのだが。それ以来は数を大きく減少させた亜人たちの姿を見た者は誰一人としていない。


「そうですね。最初は加える予定はなかったのですが、事件発生後はギルド本部が取り決め通達が来ました。でもあれですね、共存していた人たちと歪み合うというのは、心苦しいですね」


「本当に……」


落ち込んだ呟き声が自然と出される。

実のところ亜人たちを憎むべき存在と捉える者もいるが中には別な考えを保持している人たちもいる。

詰まるところ約十年前、亜人たちが起こした事件は不明な点が多い。

共生関係にあった亜人たち。狂ったように人間を敵視。街や村を襲ったことによる魔王戦争への発展。謎な点はたくさんあり挙げてもきりがない。

だから、彼らたちの問題を追究すべきだと考える者もいる。

俺もその一人でもある。

二人の間に降りた、沈んだ気持ちを振り払うようにもうひとつ問いかける。


「最後に一つだけ。この、地主を贍仰するって何ですか?これも本部が決めたのですか?」


「いえ…その規則はこの街、クイラール独自のルールです。闘技場があるのはご存知ですよね?闘技場を統制している三等貴族のジェレスド様がクイラール支部ギルドの支部長と顔見知りなんです。どうやら無理を言って追加させたようなんですが…」


「ジェレスド、様…か。彼の噂で穏やかなものなんて聞いたことないですね。そもそも善人だったらこんなもの無理言って……」


入れるわけない、と言い終える前に受付嬢さんが口許で人差し指を立てる。


「それ以上はだめです。どこで誰が聞いているかわかりませんから」


彼女の言うとおりに口をつぐむ。

貴族の関わった事件は厄介なものだ。裁判沙汰になった場合、どんなに貴族の方が悪かろうと金と権威で裁判官を脅し判決を自分に有利にもっていく。しかも、彼らはプライドが高く、先ほどのような俺の悪口でも事件にしようとしたがる。厄介なやつらだ。

特にクイラールの地主、ジェレスドの評判はいいものではない。

 噂でしかないが彼は裏で闇取引をしていると聞いたことがある。しかし、噂でしかなく確固とした証拠がないため彼は検挙されていない。 


 「それではこの冒険者カードをお受け取りください」


 素材は判らないが幾重にも特殊文字が書かれたカードを渡される。冒険者カードに触れるとカードの右端に描かれた人のシルエットが金色に輝く。持ち主を認識したということだろうか。

 冒険者カードを受け取ると受付嬢さんはにっこりと微笑む。


 「改めまして、私はクイラール支部ギルドの受付担当をしているティオ・アチェプターと申します。これからあなたを全力で支援していきますので共に冒険者生活を楽しみましょう、ルーイン・フィードルさん」


 続けて話す。


 「さっそく依頼をこなしてみますか?手軽なものがいくつかありますが」


 ティオさんが提案するが首を左右に振って否定する。


 「寄るところがあるので今日はいいです。また後日に」


 「わかりました。あっ、抜けるのなら走ったほうがいいですよ?いっせいに勧誘の波が押し寄せてくるので。前回の方は対処にとても苦労されていましたよ」


 前回の方というのが気になるが長居は無用だな。

 先程から冒険者たちの視線が背中に刺さって痛い。特にオカマの視線が別の意味で強烈で恐怖が背を這いつくばってくる。

 俺が走りの構えを取ると同時にテーブルで料理を食べていた冒険者たちが立ち上がる。

 通路を疾駆し人波を通り抜ける。

 そのまま外に飛び出て主街区に向けて足に力を込めるがその間も鎧の重さを感じさせない速度で冒険者たちは追いかけてくる。

 ふと視界にベンチに座ったおじいさんの新聞が入る。

 

 『黒騎士失踪か!?』


 という大題的な記事が。

 話題の記事は視界の端に数瞬で消え、追走者を撒くのに一時間を要したのだった。




 * * *





 午前九時。

朝陽はもう登り。無色透明だった空間に活気が色づいている。

俺は冒険者ギルドから少し離れた主街区の宿屋で目を覚ました。

朝食は済ませ、落ち着いた木製の椅子に腰を掛けながらブレンドコーヒーで舌鼓を打っていた。ブレンドコーヒーは豆を自分でこの街クイラールから探し出し、自分自身の手で作り出したものだ。三年ほど前からやっていることであり、朝にコーヒーを飲むことは習慣と化していた。

 優雅に時を過ごしていると扉の向こう、二階へと上がる階段から重たい足音が聞こえてくる。

 足音は徐々に近づいてくる。

 そのまま通り過ぎるだろうと踏んでいたが、意に反して俺の泊まる部屋の前で足音は消える。

 扉の向こうにいる人物は大方見当がついている。

木を叩く無機質な音が空間を震わす。居留守を使いたいけど出ないといけないよな。というか、きりきり殺気染みた空気が漂ってくる。

もう一度ノック音が少し強めに鳴る。

出ないわけにはいかないため、コーヒーカップをテーブルに置く。


「ルーインさん、ルーイン・フィードルさーん!居ますか?というか、居ますよね」


声の主は女性だ。声音が怒気を含んでいる気がする。


「ルーインさん、入りますよ。―――やっぱり居た!」


「おはようございます。――怒ってます?」


「怒ってません……!」


受付嬢、ティオ・アチェプターさんが口を尖らせる。怒ってますね。


「ここがよくわかりましたね。宿屋の亭主には口止めをしていたのですが」


ここの店主にギルドの関係者が来ても俺が居ることは内緒にしてくれと頼んでいた。でも、二度訪ねて来た場合は居ることを伝えていいとも頼んでいた。

多分その事を怒っている。


「やっぱり!私がルーインさんを探すのにどれだけ奮走したと思ってるのですか。もう、大変だったんですよ。どの宿屋を訪ねても知らないって言われて……労ってください」


やっぱり。


「すみません…それで、俺に何のようですか?」


「何のようですかって…優雅にコーヒーを飲まないでください。解っているのですか、明日で一か月が経つんですよ!?」


「はい、知ってますよ」


俺の一言に受付嬢さんは目を丸くする。

明日で冒険者登録から一ヶ月が経過する。そろそろ依頼をこなしに行こうかと考えていたところだ。

しかし、気になるのは受付嬢さんのこの焦り様、裏があるとしか思えない。鎌をかけてみるか。


「俺を探していた理由はそれだけですか?受付さんが俺を見つ出した後のメリットなんてないですよね?」


「それは…ですね…」


判りやすく目を泳がせる。もう一息だろうか。


「明日で一ヶ月です。ギルドの規則では規定された一ヶ月を過ぎると冒険者登録表から除名されるんでしたよね。でもそれは、俺にとってのデメリットであって、ギルド側に対する損失でもないですよね」


「それは……」


ぷるぷると震え始める。一体どう反応をみせるか。

ブレンドコーヒーを一口啜っているとおもむろに受付さんは顔を上げ一瞬で距離を詰めてくる。


「こ、困るんですよ!ルーインさんが働いてもらわないと!」


今度は俺が瞠目する番だった。

受付さんの動きがあまりにも滑らかで、両肩を掴まれたことに反応することが遅れてしまった。それと、凛とした態度をとっていた受付嬢さんが幼くなったというか、キャラが崩壊しつつある。


「なぜ困るんですか?とういうか、揺らすのはやめてください、コーヒーもってるんですから。ちょっ、まじ、溢れる、溢れるから揺らさないで!」


「上からの命令で脱退者を出すなって圧力がかかってるんですよ、もし出したら給料を下げるぞって言われているんです。だから、人助けだと思って働いてください。ね、ね?」


―――顔が近い

受付さんの水晶玉のような碧眼と視線が交わる。瞳が働いてくれと物語っている。

そろそろ、依頼をこなしに行こうと考えてはいたのだけど、さぼり癖が身に付いてしまった以上―――。


「行かないと駄目ですか?」


「ダメです。善は急げです。それとも、行かないなんて言うのですか?それなら、このコーヒーを溢しますよ、いいですか?」


「わかりました、行きますからせっかく淹れたブレンドコーヒーを掴もうとするのは止めてください」


この人見た目に反して言うこと為すことが地味に酷い。

ティオさんは両肩から手を離すと入り口の方に戻っていく。俺は一気にブレンドコーヒーを口に流し込むとカップを置き立ち上がる。

そこでふと、疑念が浮かぶ。


「ギルド本部から冒険者の脱退者を出すなって言われてるって言いましたよね?それってつまり、本部に管理状況を報告してるってことになりますよね?」


俺の素朴な疑問に受付さんは首肯する。それならば方法はあるのではないだろうか。


「上に虚偽の報告をすればばれずに済むんじゃないですか?」


「現ギルド職員を前にしてとんでもないことを言いますね。ですが残念ながら偽言を申し立てても嘘だと判ってしまいます。冒険者の皆さんにはクエスト攻略時に自身の冒険者カードを提示してもらっているのですが、その情報がマジックアイテムによって本部に伝えられます。前回の呈出時からの期間を逆算すればどれだけさぼっているか解ってしまうんです。あと、本部から職員が派遣されて視察が来ます」


なるほど。

冒険者カードはそういった面でも役に立つのか。

しかしながら、冒険者ギルド支部は冒険者一人ひとりを管理し報告書をまとめて本部に送っているのか。ウェイトレス十人。事務担当十人。ウェイトレスは基本的には厨房担当なので、管理職は事務であるティオさんを含める計十人が行っている。大変だろうな。

支部も大変ではあるが本部も大概ではないか。全支部の管理報告書をすべてまとめ上げ、そのうえ書類をもとに各支部に問題点を指摘。一体どれほどの集中力と忍耐力を必要とする作業であるのだろうか。


「行きますか……」


半ば諦め状態のまま呟く。

微笑む少女と共に部屋を後にする。






 樹液を樫の木に塗り光沢と防腐・耐擦傷性を施したギルドの扉を開けると料理や酒の香りに混じって冒険者の喜色含む声が耳に届く。

ちょうど部屋の中心に何かを囲むように丸型の人だかりができていた。

人犇ひしめく間から雪が連想されるような純白の光が横一線に閃く。

―――誰だろうか?

一人立っているとティオさんは冒険者たちの方へ足を向ける。何事かを話しているようだ。しばらくすると円型の人だかりの一部が割かれ一人の女性が苦笑を浮かべながら現れる。

俺はその人物を知っている。

くすみのない白髪に銀瞳。全身を白いローブに身を包む姿。見た目から世間では『白の魔女』と呼ばれている。

彼女―アイネ・アルバは魔王討伐に参加しており最前線で戦っていた。どうやら魔力と魔法行使技術が高かったらしく王様に腕を買われて参加したみたいだ。

だが何故彼女が冒険者ギルドなんかに存在しているのか。魔法学校を途中ではあるが卒業証書を受け取った後は王都直属の騎士団にサポートとして入団したと聞いていたのだが。

俺の様子から察したのかティオさんはにやりと笑う。


「こちらは知っているかと思いますが、白の魔女ことアイネ・アルバさんです。そして、これからルーインさんの冒険の仲間となる人物です…」


「…は……?いやいや、俺の仲間になるって白の魔女がですか?そもそも、何で冒険者ギルドに」


「アイネさんは騎士団を辞めて冒険者になったんです。以前話した、ルーインさんとは別の、能力値が高く騒がれたお方です」


俺と同じイベントを起こした人物が白の魔女だったとは。しかし、騒がれるのも当然のこと。魔力が高いうえに魔王討伐作戦にも参加していたのだから。

でも、何で騎士団から抜けて冒険者なんかに。俺が言うのもなんだが冒険者は収入が安定しない。騎士団にいたほうが何倍もよかったような。


「私だと…不満かな?」


白の魔女は心配そうに呟き、見上げる。俺が沈黙を保ちながら固まっていることに勘違いをしてしまったようだ。

首を左右に力強く振って否定する。


「不満では、ないけど。いいの?俺で……君を勧誘する人はたくさんいると思うけど」


白の魔女と組めるのは光栄なことであり冒険も楽になるから構わない。だが、彼女を欲しがるパーティーなんていくらでもいる。その中から俺を選んだことには理由があるのだろうか。

それと、こちらを見てくる男性冒険者の眼差しが怖い。


「君とは親近感が湧いちゃってさ、私も仲間を探していたからちょうどよかったよ!」


白の魔女は無邪気に笑う。

彼女は有名だから年齢が同い年だとわかるが面輪に幼さが残る。


「では、話がまとまったところで依頼の話といきましょうか」


両の手のひらを打ち合わせた受付さんは『ちょっと待っててください』と一言呟きくるりと背後を仰ぐ。しかし、足はもう一度止まりもう一言。『それと、冒険の秘訣は互いに固くならないことですよ?』と言いクエストボードへと歩を連ねる。

白の魔女はティオさんの助言を素直に受け止める。


「名前はルーイン・フィードルだったよね。これからよろしくね、ルーイン……!」


美髯の端に笑みが出る。

男性冒険者が彼女をヘッドハンティングしたがる理由は魔法使いとしての強さだけでなく滲み出る可憐さも理由の一つだろう。


「こちらこそよろしく、アイネ」


差し出された手を握り返すと照れくさそうにアイネは頬を掻く。


「アイネって呼ばれるの久しぶりだから少し恥ずかしいな」


「白の魔女が定着して通り名化してたから仕方ない」


お互いに苦笑を溢しながら二人の間の距離を縮めていく。アイネが尋ねてくる。


「もしかして私たちどこかで会ったことがない?気のせいかもしれないけど」


アイネの問いにすぐには答えず少しばかり黙考する。答えは出ているのだけれど。


「世界は案外狭いからもしかしたらどこかで会ってるかもね」


意地悪な回答ではあるが、今俺に言える精一杯のことだから許してほしい。

アイネはむず痒そうに思い悩む。


「答えになってないよ……やっぱり、どこかで会ってるはず…ここまで出かかってるのに…!」


ここまで、ここまで、としなやかな喉元あたりを触りながら唸る。しかし、羊皮紙を手に現れたティオさんによって思考は制止させられる。


「手頃な依頼書を厳選して持ってきました、どれにしますか?私はゴブリンあたりが良いかと」


ティオさんのトレーのようになった両手に依頼書が置かれていて、先頭の羊皮紙には緑黄色の体皮に革製の鎧を着けた小柄で禿頭のコブリンの絵が描かれていた。その下には箇条書きで数点補足も書かれていた。


「ずいぶんとメジャーな魔物ですね。白の魔女が居るんですよ?もっと強い魔物だって……」


「ダメです!いくら強力な後衛がいたとしても、あなたはまだ冒険者として未熟です。パートナーと上手く統制できない間は簡単な依頼書をこなしてください」


ティオさんの気迫に体が仰け反ってしまう。

 彼女の年齢は推定二歳ほど年上の二十歳。若いながらも人を失うのを何度も経験しているはず。

そんな彼女だからこそできる助言をしっかりとのみこむ。


 「すいません、 出来すぎた真似をしてしまって。アイネも少々物足りないかもしれないけどゴブリンでいいかな?」


「別に構わないよ。というか、最初は簡単なものをやろうと思っていたからよかったよ。ティオさんが変な依頼書を持ってきたらどうしようかと心配していたし」


そんなことはしません、というような眼でティオさんはアイネを一瞥する。


「話がまとまったようですしこれから開始しますよね?そうならば、冒険者カードを提示してください。更新しますので」


ティオさんの指示に従い懐からくだんの冒険者カードを取り出す。

更新というのが宿屋の自室で話していた内容に繋がるのだろう。

冒険者カードを手渡しすると両手で包んでいた羊皮紙を左手に抱え直す。その時に、ゴブリン討伐の依頼書の下にあったもう一つの依頼状が眼に留まる。

冒険者カードを受付所奥に持っていこうとするティオさんを呼び止める。


「ティオさん、その黒い絵が描かれた依頼書は何ですか? 」


「はい……あぁ、これですか?」


 ティオさんは指摘した依頼書を右手に冒険者カードと一緒に挟みながら的確に取り出し指し示す。

 羊皮紙には全身が真っ黒く人型の何かが描かれていた。闇人間の絵の下には『ファントム」という魔物名が書かれており、下には箇条書きでファントムの特徴や確認された場所、討伐報酬などなどが補足がされていた。


「初めて聞くモンスターですね。どういったやつなんですか?」


「ファントムはこの街クイラールにしか棲息していない魔物です。名が示す通り、人に幻影を見せて惑わせるモンスターです。彼らは、用心深く遭遇する確率が低いので会えさせすればそれ自身は弱いから簡単に倒すことはできますが、なかなか出現しないものですから」


「だから報酬額が高いのか…」


説明をし終えたティオさんは依頼状と冒険者カードを持って受付場に消える。

静かだった冒険者ギルド室内は白の魔女の勧誘は無駄だと解釈した冒険者たちの喧騒によって満たされていた。

受付所を一瞥するとティオさんはまだ、作業をしている途中でもう少し戻ってくるまで時間がかかりそうだ。せっかくのことだし、アイネと沈黙を保つよりは何かを話し、仲を深めようと口を開く。が、先にアイネが話し出す。


「私ね、根拠という根拠はないのだけれどルーインとの冒険はきっと楽しいものになると思うんだよね」


アイネの台詞に身体が熱くなるのを感じる。

―――そんな言葉を面と向かって言わないでほしい、気恥ずかしいから。

女子というのは簡単に言いのけてしまうから怖い。男の心はばくばくで単純に勘違いをしてしまうからやめてもらいたい。

上着の胸元を上下に動かし内側に空気を送っていると肌を撫でる涼しい風が吹く。見上げると外は雲ひとつのないスカイブルーが広がっていた。

でも、アイネが言うようにアイネとの冒険は飽きないだろう。

そんな予感がもう一度吹いた優しい微風と共に感じた。







 


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