La chanson cruelle

Épisode 1

 ヨーロッパに広がった思想として、「四大禁忌属性」というものがある。プロイセン公国、イギリス、オランダ、フランスには、「熱・冷・湿・乾」の順に四大禁忌魔術師が存在していることが確認されていたが、その真相は謎に包まれていた。


 Higuresh《イグルス》がその存在を知ったのは、10代半ばのことだった。イグルスの髪は生まれたときから白く、顔立ちはよく誉められたが、幼少期はその髪色で良くバカにされた。孤児院で育てられた彼だが、魔術師としての才能を示し、学業でも優秀な成績を収めていたため、一般市民よりかは幾分優遇されていた。イグルスは有望な魔術師側の幹部候補として扱われていたため、自ずと四大禁忌属性の情報も入ってくる。


 イグルスは確信した。自分こそがその四代禁忌属性持ちだ、と。つい先日、政府の所有する「四大禁忌属性とその概要」という乱雑に扱えば今にも塵になってしまいそうな書物に初めて目を通した際に、ハッキリと自身が「乾の魔術師」であることや、残る三人の圧倒的な存在感を本能的に感じ取ったからだ。


 しかし、公にこの事を吹聴すれば、それこそ大問題になることは目に見えている。そこでイグルスは教官であるナマージュに、話を持ちかけることにした。


 ナマージュはすぐにこの話を受け入れた。というのも、イグルスには既に乾としての能力が発現し始めていたからだ。


~~~


 その二ヶ月ほど前、イグルスは全体練習が終わった後、個人的に教官に魔術を見てもらいに行くことにした。彼にも属性が現れる兆しが出始めたからだ。


 その兆しというのは人によって様々だが、大抵は眠っている間に夢でその属性を駆使している自身を見るというものだ。イグルスはそれに加えて、覚醒時でも、自分の中の「それ」が着実に大きくなっている感覚があった。


 初めのうちは気のせいだとも思ったが、ここ数日で兆しの頻度が高くなってきている事を早口で教官に伝える。


「それは絶対に独創だ!そうかそうか、お前も立派になったもんだ。お前は成績も良かったし、いつか来ると思っていたよ。よし、夢の中で見た自分を意識してやってみろ。」


 そう言って、赤髪を角刈りにし、全身に魔術師らしくない筋肉を蓄えた教官のジュドゥスは、子供のようにその赤い目を輝かせながら生きた案山子を指差す。


「分かりました。」


 それは、ここでの一般的な練習相手だった。全身が震えているのを感じる。ゆっくりと深呼吸をし、昂る気持ちを抑えた。ついに、自分自身の属性を目にする時がやって来たのだ。案山子に向けて、夢に見た自分を思い描きながら、「それ」を放った。


 一瞬の静寂、そして、乾いた枯れ木がへし折られているかのような音が響き渡る。見れば、案山子を中心とした辺りの地面に次々と亀裂が走っていく。


「止めろ!止めるんだイグルス!」


 明らかな異常事態を察知したジュドゥスが叫ぶが、既にイグルスはその独創の制御を失っていた。亀裂は広がり続け、とうとう二人の足元まであと2mというところまでに迫る。


「くそっ、止まれえぇっ!」


 そう叫びながらジュドゥスがイグルスから干渉力を吸いあげる。彼の独創はAbsorption《吸収》、本来なら敵を一瞬で無力化するそれは、そのあまりに多い干渉力を前に機能しきれないでいた。


「クソッッッ、このままじゃ吸収しきる前に二人とも巻き込まれちまうっ!」


 既に亀裂は50cmのところまで迫り、術発動中で動けないジュドゥスは死を覚悟した。


「大丈夫ですか、ジュドゥスさん!」


 そんな時、視界の端に見慣れた顔が映る。次の瞬間、景色が歪み、戻ったと思えば二人ともう一人の青年、マルコスは案山子から10m程離れた位置に立っていた。


「うおおおおっ!」


 今が好機とばかりにジュドゥスはイグルスから干渉力を全力で吸い上げる。全ての干渉力を吸収し終わった瞬間、イグルスは両手を前に出した状態で膝から崩れ落ちた。



「…ルス!イグルス!聞こえるか?!」


 傍らにはジュドゥス、自身は窓辺のベッドに寝かされているという状態で、イグルスは至極不思議そうに疑問をぶつける。


「ジュドゥス教官、僕は何を?」


 ジュドゥスは胸を撫で下ろした。


「はぁ、やっぱりか。簡単に言うと、お前は暴走した。お前の独創らしきものが制御不能になったんだ。どうしても術が止まらないもんだから、俺の干渉力を吸う独創、Absorption (吸収)でお前を止めようとした。たまたま居合わせたマルコスが空間転移を使ってくれてなきゃ、俺たちはおっ死んでただろうよ。そっから俺はお前を抱えて走り、医務室まで連れてきたってわけだ。」


「僕の独創は、いったいどんな現象を引き起こしたんですか?」


「お前の魔術は、辺り一帯の地面に亀裂を発生させた。案山子は干からびて死んでいたな。それと、どうやらお前のは独創じゃ無いらしい。俺の吸収で止められるのはあくまで干渉のみで独創ならば完全には止まらない。お前の干渉力は確かに多かったが、俺の吸収でも時間をかければ止めることができた。」


「干渉...どうすれば制御できるんでしょうか?


「同じ干渉でも、相性ってもんがある。生憎ながら俺は教えられないね。」


「そうですか...」


 イグルスは黙り込む。


「お前には申し訳ないが、これからは俺の元で魔術を教えることは出来ない。下手な事を教えても、お前の本来の能力が引き出せなくなるだけだ。練習場なら今まで通り使えるから、今回のようなことが起きないように細心の注意を払うっていうならいつでも使ってくれ。」


 そう言い残して、ジュドゥスは足早に立ち去った。一人残されたイグルスは、窓から見える赤く染まった空を眺めた。


「これから、どうしていけばいいんだろう…」


 心の底から出てきた言葉が辺りを漂う。


「君はどう思う?」


 そんな声がして、飛び起きるとそこにはもう一人の教官、カノル・ナマージュが立っていた。ナマージュはその優れた容姿や、色白な肌と金髪碧眼から、女性からの人気も高い。


「うわぁっ!い、いつからここに?」


「さあ?入口でアルスとすれ違ったねぇ」


「良かった〜、実はさっき…」


「ああ、アルスも困惑してるんだ。そうととがめないでやってくれ。」


「別に非難する気なんて…」


 むしろ責任があるのは自分の方だ。


「今の君は、見たところ誰かにすがりたくて堪らないように見えるけど?それより君、随分と面白い能力が発現したようだね?」


 ナマージュはずいと顔をイグルスに近づける。


「僕のもとで、自分の能力を研究してみる気はないかい?」


「ほ、本当ですか!?是非お願いします!」

 

 少し引きながらもイグルスは食いつく。一人でこの危険な属性を極めるには、力不足を感じていたからだ。


「だーけーどー、一つ条件があるよ?」


「そ、その条件とは?」


「頼みたいことがある。」


 そう言葉にすると同時に、周囲に不可視の壁が形成される。


「これを見てくれ。」


 手渡されたのは欧州の地図。そこに描かれた国の上には、いくつかの数字が書き込まれている。


「数ヶ月に一度でいいんだ。私が指定した国に潜伏し、この数値を更新してほしい。」


「この数値は、何を表しているんですか?」


「上から順に、各国の魔術軍の警戒レベル、所属人数、そして、最大の脅威となる魔術師の実力を数値化してある。」


 あまりに重大な責務に身がすくむが、もはや退路はない。イグルスは乾いた声を喉から絞り出した。


「それっていわゆるスパイですよね?」


「ああ、今まで誰にも頼んだことは無かったがな。」


 イグルスは口調が変わったナマージュから、断れば即座に始末されるような重圧を感じる。


「だが、今のままでは、見つかればまず命はない。そこで、我々の研究成果を十二分に用いて君を育成しようというわけだ。」


 例え利用されるとしても、これ以外何の才もない自分には受け入れるしかない。イグルスは余計胸が締め付けられるのを感じた。ただ、妙にやる気はあった。ジュドゥスに見直されたい、いつかナマージュを利用して、このまま這い上がってやるという願望がイグルスを高揚させた。

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江戸幕府(?)魔術奉行所属日暮 骸晶 @higure

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