嘘つきの契約

霧灯ゾク(盗賊)

第1話

 平日の朝、ふと窓の外を見るとそこには出勤や通学で賑わう人の群れがあった。

 A氏も仕事に行かなくてはならない。しかしそんなことはどうでもよかった。いや、そう思えるような問題がA氏に起こっていた。それは目の前にいる死神と、その死神が持つ1枚の契約書だった。

「早く契約するか決めろ。」

 死神が急かしてくる。

 この死神は今朝起きた時に突然現れた。そして死神は、

「お前の寿命は残り1週間しかない、しかし俺と契約すれば寿命を延ばすことができる。」

 と言うと、A氏の前におもむろに契約書を差し出したのだった。

 契約書には、


•人を騙せば寿命が延びる。

•延びる寿命は騙した規模で決まる。

•騙した規模とは騙された人が受ける損害の大きさである。

•寿命は120歳までしか延ばすことができない。

•契約中に寿命が尽きたときにはその魂は契約を結んだ死神のものとなる。

•ただし120歳まで寿命を延ばし、なお人を騙せば、それ以上契約者の寿命を延ばすことができない死神側の契約違反となり、延ばした寿命はそのままに魂の契約は破棄される。

•人についた嘘を訂正して本当のことを言い、謝罪すると、その分の寿命は縮む。

•契約者は自分の残り寿命を死神に尋ねることができる。

•契約は自分から破棄することはできない。


 と書いてあり、右隅には拇印を押すところがあった。

 A氏は、魂が死神の物になることは決して幸せなことではないだろうとすぐに理解した。しかし、それも寿命を120まで延ばせば関係のないことで、A氏にとっては残り1週間で死ぬことの方が優先して避けるべき事態であった。

 A氏は拇印を押すと足早に家を出た。

 既に本来家を出るべき時間を10分ばかり過ぎていた。

 家から会社に着くまでの間、A氏は死神に寿命を尋ねた。残りの寿命は6日と20時間だった。

 A氏が会社に着くとすぐに、同僚が話しかけてきた。

「いつも決まった時間に来るお前にしては珍しく、少し遅いじゃないか、しかしそれでも遅刻しないのは流石だな」

「ああ、少し寝坊したんだ、目覚まし時計が壊れていてな」

 死神が出たなんて言えるはずがない。

 同僚との会話を適当に終わらせると、人のいないところに移動し再び死神に寿命を尋ねる。

 6日と21時間になっていた。

 延びる寿命は騙した損害の大きさ。

 小さな嘘でも1時間程度は寿命が延ばせるらしいが、そんなことをしても一晩寝ればチャラになってしまう。A氏は寿命を延ばす計画を立てた。

 A氏が寿命を延ばすために行うことにしたのは、結婚詐欺だった。結婚詐欺ならば、相手に与える損害も大きく、寿命が延ばし易いだろう。集めたお金は証拠隠滅にでも使えばよい。

 その日からA氏は多くの女性を騙した。足がつかないように50万円ほどの金額を複数の女性から騙し取っていった。お金で換算すれば2万円ほどで1年の寿命が延び、女性が受けたショックでもある程度の寿命が延びた。

 あと1人。あと20年延ばせば120歳まで生きられるというところで、A氏が最後にターゲットにしたのはK子だった。

 しかしここで問題が起こった。

 A氏はK子を騙して金を巻き上げていくうちに、K子のことを本気で愛するようになっていったのである。

 K子からどれだけ金を借りても、寿命が延びることはなかった。

 A氏にとってそれは、自分が心からK子を愛していることの証明であり、A氏は次第にそれでもよいと思うようになっていった。

 しかしA氏はある疑問を持つようになった。それは、何故自分がK子を好きになるまでにK子を騙した金の分すら、寿命に換算されていないのだろうか、という疑問である。

 A氏が不審に思っていた頃、K子はA氏に打ち明けた。

「私、知ってました。Aさんが結婚詐欺師だって。」

 驚きでK子を見つめるA氏とは対照的に、K子はうつむきながら話し続ける。

「でも私はそれでもよかった。残りの1ヶ月くらいは、誰かに愛されたかった。」

「私は重い病気にかかっていて、このままだと、余命が1ヶ月しかないんです。200万円ほどあれば治療が受けられるのですが、身寄りがない私には60万円ほどしか集められなかったのです。」

 このときのA氏はもはや、これ以上K子を騙そうとも、他の女性を騙して寿命を延ばそうとも考えていなかった。

 むしろK子が騙されてなかったと知った今、本気でK子を愛していることを自分の中で証明したいという気持ちになったのである。

 A氏の元には200万円があった。全て女性を騙して手に入れた金である。

 しかしA氏はこの金でK子を助けようとは思わなかった。

 騙しとった金を全て返し、そして自分の臓器を売り、その金でK子を助けることにしたのである。

 人を騙し続けたA氏にとっては、もはやここまでしなければ自分のことを信用できなかった。

 A氏は今までの女性に金を返して謝罪し、臓器を売って200万円を用意した。今まで女性を騙して得た寿命が失われ、A氏の寿命は残り3日になった。

 A氏はK子を名医のもとへ連れて行った。K子はA氏が200万円用意したことに驚いた一方で、A氏のことを疑うこともしなかった。2人の関係はそれだけ深まっていたのである。

 ついに手術の日。K子はA氏に愛してるとだけ言い、A氏もK子に愛してると告げた。

 これがA氏の最期の言葉になった。


 その後、K子は手術することなく120歳まで元気に生きた。





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