009_美少女がいれば、あとは内容なんてどうでも良い
『可愛い女子の絵がありゃコンテンツの価値がちょろく上がる』
これは今の出版・ゲームの事情を一言で言い表したものである。
本に若くて可愛い女の子が登場すれば、とりあえず男は喜んで買う。
逆もしかり、とりあえず女主人公のことが大好きなイケメン出しときゃ女は飛びついて買う。
お金をかけてでも一枚絵を用意できれば簡単に作品の評判は上がるし、絵のクオリティが高ければ比例して人気となる。
とりあえず、本の表紙が気に入って、衝動で買う人いるだろう。
内容なんてともかく、とりあえず自分が気に入る異性の絵があれば手に取ってしまう流れのことを言っている。
今の時代、コンテンツというのは、高品質の絵があればひとまず何とかなってしまう。
もはやイラストレーターが絵を出したいが為に、ライトノベルを書いてもらっているのではないかと疑ってしまうほどだ。
広告を出さずにプロモーションをする第二の方法は、パッケージの内容に力を注ぐことである。
本に限ったことではないが、イラストの善し悪しで購入の決定打となったことはあるだろう。
ライトノベルは表紙のイラストで、出版業界を救ってきたと思う。
今さら言うことでもないが。
繰り返すが、可愛い女の子が描いてあれば男はとりあえず買ってくれる。
2000年代前半、それで売れると気づいた他の出版社は、後を追うように可愛い女の子の表紙を作っていった。
そして数年後、様々な会社がまんべんなくライトノベルに可愛い女の子を差し込んでいき、市場はマンネリを迎えた。
すると今度は、男受けする趣味の擬人化で美少女を作る手法で次世代の商売とした。2010年代のことだ。
艦隊の擬人化、刀の擬人化、お城の擬人化など、とにかく人の趣味に近い物を美少女化することで、より親近感を湧かせる戦略に打って出たのだ。
これらはブラウザゲーム関連の話だが、結局はゲームも本も美少女がいりゃあなんとかなるという戦法で皆やっている。
ここ数年は擬人化作品の乱発が相当酷かったが、結局は面白いものだけ残って、適当に作ったやつは勝手に消えていった。
もはや内容なんてどうでも良くて、マジで何の美少女がいるかという部分にしか消費者が興味を持っていない。
冷静に考えると、本って何なんだろうと感じてしまう。
一生懸命面白いものを作っても、美少女がいなければ価値が一切生まれない。
可愛い美少女付きでコンテンツを作って売れても、それはつまり美少女の部分しか見ていない人が多数いることになる。
売れてもコンテンツ自体が見られているか疑わしい。
ゲームも今やソシャゲがメインで繁盛していて、その内容は『ゲーム性』が評価されているのではなく、ガチャによる『美少女』の排出が面白いと言われてしまっている。
コンテンツの面白さというのは、一体何なのだろうか。
客観的に市場を見ると、いつも疑問に思ってしまう。
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