『タイム・リミテッド〜11時11分のヒロリスト〜』

ごんの者

プロローグ『終わりのクリスマス』

 今からちょうど500年前のこと。

 その日は珍しく雪の降らないクリスマスで、けれども人々が口にする言葉といえば「愛してる」「メリークリスマス」「クリスマスなんて滅べばいい」という例年通りの3パターン。

 そんな変わり映えのないクリスマスに、常軌を逸した台詞を口にしたのが時の首相安達垣あだがきであった。


「NASAとの連絡が途絶えたとはどういうことだ!!」


 申し訳程度に電飾が飾られた官邸に安達垣の怒声が響き渡る。

 普段は人当たりの良い安達垣の怒鳴り声に驚いたのか、尋ねられた秘書官は顔を青ざめさせながら言葉を失っていた。

 安達垣はひとつ息を深く吐き出し、眉間を押さえる。


「申し訳ない、いくらここで声を荒げてもNASAのあるヒューストンにまで届くはずもなかったな」


 芝居がかった口調で安達垣はそう言って力なく笑ってみせた。

 秘書官は反応に困っているような何とも曖昧な表情を浮かべたものの、そのおかげかある程度落ち着きを取り戻し、先の質問に答え始めた。


「向こうからの通信はおろか、こちらから通信を送ることも出来ない状態です。恐らく回線そのものが切断されたかと」

「ホワイトハウスへのホットラインは?」

「同じく繋がりません」


 ホワイトハウスと官邸を繋ぐ米日ホットラインは二年前に敷かれ、現米国大統領モルゲンとの密談を可能にするものだ。

 事の発端は、NASAがとある彗星を発見したことに遡る。

 テールナー彗星と名付けられたその彗星は非常に不規則な軌道をとっていて、地球と衝突する可能性を秘めていた。

 だが、アメリカはこれを機密とし公表することを避ける。

 彗星撃墜を名目にロシア、中国が軍需産業を推し進めるのは目に見えていたからだ。

 とはいえ、一国の技術だけでは厳しいこともまた事実で、高い技術を有しながらも米国に牙を向けることのない国――日本に極秘で協力を求めたのだ。


 NASAが導き出したXデーは、2年後の12月25日のクリスマス。

 その来たるクリスマスに米国との通信が途絶えたのだから、普段は温厚な安達垣が声を荒げるのも無理はないのだ。


「中国やロシアも我々と同じように秘密裏に対策を練っている可能性はございませんか?」


 秘書官が恐る恐るといった調子で安達垣に尋ねる。

 安達垣は顔を渋らせ首を振った。


「ないな。あの彗星の不規則な軌道を読み切れる国が他にあるなら、米国はわざわざ情報を伏せるリスクなど冒さないはずだ」

 言って、安達垣は自嘲気味に笑う。

「もし地球に宇宙人が襲来したら各国は争いを止めて手を取り合うかなんて例え話があるだろう? 現実はその宇宙人すらも政治に使われるんだから、世界平和はサンタにでも頼まない限りはやって来ないんだろうな」


 室内に落ちる沈黙をカチカチと時計の針が埋めていく。

 針が示す時刻は20時ちょうど。

 ミサイルの発射が予告されているのは20時8分で、続けて2発放たれることになっている。

 彗星の移動速度、対彗星ミサイルの移動速度及び射程距離、そして迎撃時に予測される被害領域。これらを含め計算した結果、地球に大きな被害なく迎撃できるチャンスは僅か二回に限られる。

 いや、二回というのもあくまで希望的観測に過ぎない。

 テールナー彗星は未知の物質で構成されているらしく、二発目の迎撃では霧散したそれらが地球上に降り注ぐ可能性が高い。

 人体への被害が未知数である以上、一発目のミサイルで仕留めることが最善だった。


 時計の長い針が1の地点に差し掛かったところで、着信音が鳴り響く。

 安達垣は飛び上がるようにして受話器を取った。


「メリークリスマス、安達垣総理」


 聞こえてきたのは日本人かと勘違いするほど達者な日本語で喋る現米国大統領モルゲンの声だった。


「メリークリスマスじゃないでしょう! 連絡は寄こさず、回線も繋がらない! 何をお考えですか?」

 苛立ちを隠そうともしない安達垣とは対照に、モルゲンはひどく落ち着いていた。

「通信が途絶えたのは我々も同じだ。NASAは既に政府の制御下から離れている」


「……一体、どういうことですか!?」


「先ほど、NASAからこちらに声明が届いた。最初の迎撃は行わず、二発目のミサイルで彗星を撃ち落とすそうだ」


 安達垣は言葉を失う。


「どうやらユダが居たようだ。キリストが生まれたこの日にユダが現れるとは、随分皮肉が効いている」


 その時、安達垣は思った。

 追い詰められた時のブラックジョークほど反応に困るものはない。もし次があるなら秘書官に使うのは控えよう、と。


「――彗星が人類に優しいことを祈るしかない」



 その日、列島に予報外れの雪が舞った。

 降り注ぐ白銀が告げたのは、冬の始まりではなく何千年と続いた歴史の終結。

 それまでによって積み上げられてきた歴史は、白雪に染められるように白紙に戻った。

 キリストの誕生を始まりとする西暦がしくも同じ日に終わりを迎える。ちょっと笑えない冗談みたいな話だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『タイム・リミテッド〜11時11分のヒロリスト〜』 ごんの者 @gongon911

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ