五人家族で唯一の男性であるお父さんが主人公の本作品。一人だけ男性のせいか他の家族が仲良く話しているのに一人オンラインゲームをやっている姿が寂しい……。
そんなお父さんが絶賛ハブられ中の会話の中で最近しばしば出てくるのが『ポチ』という単語。お母さんの趣味で既に家には色々なペットがもういるが、お父さんはそんな名前のペットを飼った覚えはない。よくわからないまま娘たちの会話に耳を澄ますと、何やら『クトゥルフ』とか『サンチ』とか奇妙な単語も聞こえてきて……。
自宅の中から生臭い臭いがし始め、どこからかともなく水音が聞こえてくるようになり、家の中はどんどん不穏な雰囲気を醸し出していくのだが、そんな不穏さとは裏腹に娘たちの会話のテンションは全く変わらない。
明らかに異常なことが起きているのに、お父さんにちょっとだけ隠し事をしているという感じの妻と娘たちのリアクションが妙に生々しくて、この作品独自の奇妙な空気を作り出している。
ホラーというには明るすぎで、ギャグというにはあまりに淡々としている、奇妙な味と評するのがピッタリの一作である。
(「さまざまなペット」4選/文=柿崎 憲)
妻と娘3人が何か隠している。
ペットを飼うのが好きな家族たちはまた何かを飼い始めたらしい。
「ポチ」という。
どうやら隠しているのは「クトゥルフ」に関係するらしい。
父親はポチポチとスマホで検索。
クトゥルフ神話というものが流行っているらしい。
クトゥルフとはなんぞや?
兎にも角にも父親が「ポチ」の正体を探る姿がとてもいじましい。
会社の同僚やご近所のかたも知っている。
それどころか市内では大騒ぎで動画が出回るくらいに盛り上がっている。
実際、クトゥルフをホラー物として書こうとするなら、大騒ぎな状態であるにも関わらず、父親はラーメンと餃子について考え込んだりしている。
深刻さがまるでない。
現実を受け止めながらも確実にお茶の間に浸蝕しているクトゥルフ関連に馴染んでしまっている父親の姿がとてもいじましい。
父親のセリフを借りれば、
「大丈夫、私のSAN値はまだ減ってはいない」
神話生物が加わった日常を見事に切り取ったセンスオブワンダーである。