第64話 出発進行!
アキマサじじを乗せた台座は、
「速度出せー!」
トーダちゃんの指示を合図に、ぐん、と加速していく。アキマサじじの重心がしっかりと台座に乗ったのを確認しながら、洞穴の出入り口を駆け上るだけの速度をつけていく。助走距離は直線で100メートル程。アキマサじじと台座自体の全長が10メートルと考えると、極力
「そのままそのまま!」
台座の上は思いの外揺れたし、振動がきつかった。いかに自動車のタイヤとサスペンションが路面の状況を和らげてくれているのか実感する。車軸と台座が直接固定されている上、車輪は木製でクッション性はまるでない。速度が上がるにつれ小さな小石ですら大げさに跳ね上がる。この私でも立っていられず、すぐに台座に這いつくばった。
『むぅぅぅん!』
その振動はアキマサじじにもダメージを与えていた。台座との設置面は
「じじ! がんばって!」
『なんのこれしき!』
耳元で風切り音がするほど台車は加速していた。まるでジェットコースターだ。あっという間に出口の上り坂に差し掛かった。
「いっけー!!!」
速度に乗った車椅子はそのまま上り坂に突入していく。十分なスピードだった。タイヤが均した部分に取られることもなく、助走で得た推進力で駆け上がっていく。速度を殆ど落とすこと無く進行方向だけを斜め上方向に転換した車椅子は、そのままスピーディーに駆け上がっていき、
「やばっ! はやすぎる!」
速度超過のまま坂道終盤まで来てしまう。私の叫びを聞いたツェプトさんが台座に飛びついて勢いを殺そうとするが時既に遅し。いままで車椅子を押していた狼男達も、台座にしがみつきながらもその勢いに引きずられてしまっている。
このままでは洞窟からロケットのように飛び出してしまう――
「じじ! 捕まって!!」
そう叫んだ直後に、車椅子は出入り口を飛び出し、宙を舞っていた。暗がりで慣れた眼に陽光が容赦なく突き刺さり視界を奪うが、刹那、眼下に広がるのはこの山を取り囲む豊かな自然。暗雲立ち込める雷雨の下では見ることが叶わなかった、美しい自然だった。
『むぅん!』
アキマサじじは腕を広げて台車の縁を懸命に掴んでいた。私はその牙に腕を絡めて、放り出されそうになる体を引き寄せる。僅かな時間、空中遊泳を満喫した車椅子も折り返し地点を迎え、ゆっくりと降下し始める。このままではあの
「イルさん!」
それは私が叫ぶのと同時だった。台座先頭に打ち込まれた杭から伸びるロープが、強烈な力によって巻き上げられていく。車椅子は飛び出した方角から空中で向きを変え、まるで車がドリフトするかのように、車椅子の頭を山頂に向けながら斜面を滑っていく。木製の車輪が山肌を削り、大量の砂埃を上げている。
『むぅぅん!』
その間、私とアキマサじじには凄まじいGが加わった。少しでも気を抜けば、遠心力でそのまま遠くへ吹き飛ばされてしまいそうだった。地震のような振動で脳みそがシェイクされて意識を保つことすらやっとだ。アキマサじじも渾身の力で振りほどかれまいと懸命だった。
車椅子は出入り口から10メートルほど空中遊泳し、その後斜面を40メートルほど横滑りして止まった。
「……止まった……!」
幸い、私もアキマサじじも振り落とされずに済んだようだ。巻き上げられた砂埃が晴れ、見開けた視界のその先には、ドーナツ状の雲に突き刺さる本山の山頂。そしてその進路の両脇に二匹の大きなドラゴンの姿があった。
『大丈夫か、アカネよ』
左側の斜面には鋼鉄の体表をもつ地竜王イル・キャピタン。
『予定と違うぞ、この跳ねっ返り小娘が』
右側の斜面にはトルマリンの体表を持つ雷竜王ヒロノブ。
現精霊王両者が、ロープの両端それぞれを咥え、台車を引き止めていた。
「ナイスセーブ! イルさん!」
洞穴出入り口をでた車椅子を牽引する為に、山の少し上方には怪力ドラゴンのお二人に待機して貰っていた。予定では滑らかに出入り口を出た後、飛行機が滑走路に入っていくように、ゆっくりと進路を調整しながら牽引道に入るはずだった。速度が付きすぎて飛び出してしまった車椅子を斜面に押し付けたのは、偉大なる竜王二匹の機転を利かせたロープワークのおかげだった。
『まったく、無茶ばかりしよるな、あの小娘は。親の顔が見てみたいものだ』
上方、雷竜ヒロノブが吐き捨てるように言った。さすがの雷竜王も肝を冷やしたらしく、全身が緊張していたらしい。その様子に、地竜王イル・キャピタンが挑発するように毒を吐く。
『ふん、そんなことで驚かされていたら、この先もたんぞ。疲れたというのなら私一人でも構わないが』
ヒロノブの眼には、その喜びを全身で表現しながらアキマサにしがみつくアカネの姿が映っていた。
ここ数年、いや、数十年、あの洞穴から外に出なかった父を、あの娘が。我が父がこうして再び陽光を浴びる日が来ようとは。
『……馬鹿は休み休み言え。貴様のような若造に任せておけるか』
ヒロノブは自分の認識を改める必要があると感じ始めていた。
人間という生物を。若者のエネルギーを。
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