第48話 千年ドラゴンの尊厳
アキマサじじの年齢は千を超えているらしい。千年生きたドラゴンは「千年ドラゴン」と言われて、その歴史に名を残す。アキマサじじの記憶でも数えるほどしかおらず、そのいずれもこの世界に及ぼした功績は計り知れないものだったと言う。
『わしもまさかこの歳まで生きるとは思わなかったんだけどなぁ。しかし時と言うのは過ぎてしまえばあっという間。思い返しても、わしが彼らのように何かを成し遂げたとは到底思えないが』
アキマサじじはこの世界のあり方と、ドラゴンがそれにどの様に関わってきたのかを話してくれた。これはアッテリアが貸してくれた本にも書かれていなかった、この世界のあり方でもあった。
精霊と関わりのあるドラゴンは数あるが、その中でも特に指折り数えられる「四竜」と呼ばれる竜達がいる。
大地の恵みと根ざすものの生命力を養う「
水の恵みと寒波を司り他の生命の均衡を担う「
雷雲と雨と気候を司り空に根ざすものの生命力を養う「
火山活動を司り火の恵みと他の生命の均衡を担う「
荒れた大地を地竜が育み、より多様な気候環境を雷竜が与え、氷竜と火竜が寒暖に干渉し、生命活動を支え、そして時に奪っていく。
これがこの世界の
『わしらは命が長い。長いからこそ、長期的な目線で物事を見ることが出来る。増えすぎた種族は削減し、将来に見込みのある種族はその繁栄を支える。時には大地に損傷を与え、新たな生命の苗床としてやる必要もある。そう言った事を延々と繰り返してきたのだ。お前たち人間が高度な社会生活を築き上げる過程も見てきた。豊かな生活ぶりを見て喜び、そして彼らが発明した言葉という文化をわしらも得た。関係があるのは何も人間だけではない。全ての生物達が子どもたちなんだ』
私は初めてエルさんと会ったときのように彼に寄り添って話を聞いていた。アキマサじじの胸元は柔らかくて暖かかく、脳内に届くその声と背中から伝わってくる心音が心地よかった。
薄暗い赤土の洞窟から覗く天空は相変わらずの荒れ模様だった。時折灰紫色の雲を雷鳴が切り裂いている。洞窟の入り口は真円に近く、外の景色の明るさがまるで太陽のように見えた。
幼い頃、軒下で太陽を見上げながら祖父の話を聞いていた風景を思い出す。祖父の膝上は心地よく、軒で和らいだ日差しが眠気を誘い、いつも途中で寝てしまっていた。だから祖父が話してくれた話で最後まで知っているものは少なかった。とても興味深いものもあったのに、しかしそれを聞く前に彼は逝ってしまった。
『でもそれもかつての話だ。今では体の自由も効かぬ老いぼれ。ただこうして洞穴の中であの曇天を眺め、時折やってくる来訪者から外の世界の様子を聞くのを楽しみにする、そんな余生を送っている。最初はそれも悪くないと思っていた』
ふと、アキマサさんの声のトーンが下がった気がした。今、彼はいったいどんな表情をしているのだろう。ここからではその巨大な顎に隠れて伺い知れなかった。
『ドラゴンの体は大きく、その生命を維持するのにも数多くの他の生命を犠牲にしなければならない。役目を終えたドラゴンが長生きをするために、それが許されるのだろうかと。……最近はそんな事を考えている』
私の心臓が嫌な予感を察知したのか、たちまちに鼓動を早めていく。
「アキマサ様、それって――」
『――潮時、ではないかとねぇ』
それは――
「――死を望んでいる、という事ですか」
その言葉には沈黙が返答した。
アキマサじじはこう言っているのだ。
私は死を望んでいる。余計な事はしなくていい、と。
尊厳死、という言葉がある。これは延命治療を断り、人としての尊厳を持って死に挑む行為である。
延命治療は人間としての生活を著しく損なうものも多い。その苦痛に耐え命を永らえても、人として自由な自己決定や行動が許されるケースは稀である。
そのため特に完治の見込めない病状に侵されている患者本人が、自己決定の出来る意志のある内にこれを明示し、徐々に訪れる死に自然体に向き合っていく。家族はその意志を尊重し、その最後を見届けるのだ。
海外では尊厳死や安楽死についての法律が整備されている国も有り、生き方に加えてその死に方についても自己決定の尊さを大切にしている。
こと日本国においてはその点では後進であり、法律の整備不良や、意識を失った状態での人工呼吸器の取り外しなどにおいて家族側と裁判になるケースが跡を絶たない。
『紛いなりにもわしはドラゴンだ。その身を蝕む病がすでに手遅れだとしても、残された時間は無情なほどに長い。わしが死を受け入れるとするならば、それに向けて考えを整理する時間は十分にある。アカネさんや、違うかな?』
アキマサじじの
しかしそれは同時に、それだけの時間、苦痛に耐え続けるという事でもある。
「私には答えられません。でも、本当にそれでいいんですか?」
私は起き上がってアキマサじじに相対した。真っ直ぐにその目を見つめて、
真剣な私の眼差しに観念したのか、アキマサじじはゆっくりと口を開いた。
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