第25話 ドラゴンの親子事情

 神殿内に駆け込んで見れば、エルさんは岩石のように丸まっていた。ちょうどお昼寝時なのでスヤスヤと寝ている様子だ。鼻息がスースーとずいぶん心地よさそう。


「エルさーん、起きてー」


 私はそのままその背中へダイブする。エルさんの背中に数回乗ってわかったのだが、ドラゴンの頑丈な体はこの程度のことでビクともしない。固くてしかし絶妙な柔らかさを持つ皮膚が抜群のクッション性を発揮し、ソファなんて目じゃない気持ちよさだ。


「エルさーん」


 最近の私の起こし方は徐々にアグレッシブになっていっているが、今の所それで怒られたりはしていない。ちょっと迷惑そうにしながらも受けて入れてくれるところがエルさんのキュートなところなのだ。


 快眠を邪魔され、しかし構われるのは嫌じゃないエルさんが気だるそうに首を上げて振り向く。


『なんだアイン。用も無いのに起こすな』


「用ならあるよ。あと名前違うよ」


『では何用だ。アイーン』


「だからむしろ遠ざかってるって。私はアカネ! 息子さん来てるよ」


 指さした方角にはそのやり取りをなんだか温かい目で見守ってくれているウルさんがいる。その姿をなんとか視界に入れたエルさんは二度見して驚いている。


『親父! 会いに来てやったぜ』


『む、その声は、ウルか!』


 エルさんはどっこいしょと言わんばかりに反動をつけて体を持ち上げた。若干後ろ足に違和感がありながらも、一週間前と比べたらかなりスムーズな立ち上がりだ。


『おいおい、ちょっと寝付くには早いんじゃねぇか。老け込んだら疲れやすくなっちまったか』


『ふん、言ってくれるな。主があまりにも遅いから待ちくたびれただけだ。時間にルーズな所は直らんようだな』


 もちろん会う約束などしていないのだが、その言動を受けたウルさんの挑戦的な目線がエルさんに送られる。エルさんも負けじと鋭い眼光で返した。


『何言ってんだ、そこらへんは親父に似たんだよ。むしろお袋の血のせいでマイルドになったくらいだぜ』


『そういう皮肉がスラスラと出てくる所は本当アイツに似たようだな、ウルよ』


『だけど今じゃガタイは親父よりデカいぜ。当然力も俺の方さ』


『ほう。父の偉大さを軽く見ているところまでアイツとそっくりとは。もう一度教育が必要なようだな』


 あれ? なんかやばくない? この雰囲気。


 二匹は押し黙って物凄い気迫を発している。相対する二匹の巨体は相当な迫力で、さすがの私も少しビビってしまう。イルさんとの喧嘩の時は全然怖くなかったのに!


「ちょっと二人ともやめ――」


 私がそう言いかけたときには、大きく息を吸ったウルさんのその胸は倍くらいに膨れあがっていた。そして――


 天井に向かって口から炎を吹き出した。


 ごォー!!


 眩しい灼熱がその口から吹き出だされている。まるで戦闘機のエンジンみたいだ。その行動の意味が全くわからず呆気にとられている私をよそに、今度はエルさんが大きく息を吸って―― 


 そして炎を吐き出した。


 ごぉおお!!


 二匹のドラゴンから天へ吐き出される炎は圧巻で、物凄い熱量が神殿内を包み込んだ。一瞬で全身から汗が吹き出すほどの高温に焦った私は周囲を見回すがアッテリアの姿が見えない。


 肝心な時に居てくれないなんて!

 こんな訳のわからない状況を私一人でどうすればいいのだ!


 しかし数秒の後に二匹はタイミングを見計らったかのように炎を吐き出すのを辞めた、かと思えば今度は押し黙ってしまった。そしてまた正体不明の緊張感が襲ってくる。


 そして。


『フ…』


『ふっ…』


『『ぶはははははは!』』


 二匹は突然大声で笑いだした。


「え? え? ちょっと、何?」


 二匹分の咆哮と笑い声が私の脳内に押し寄せてくる。4チャンネルの大音量の入力で、状況が掴めない私の脳は完全にパンクした。なんだこれ?


『親父! やっぱ相変わらずすげーな! ドラゴン4匹分くらいの飛距離だったぜ!』


『お前も見ない間に腕を上げたな! ドラゴン3.2匹分くらいあったぞ!』


 ドラゴン○匹分という斬新な測り方でお互いの炎の飛距離を称え合った二人は、体を幅寄せしてその首を擦りつけ合っていた。


『ちくしょう悔しいなー、今日こそは親父を超えたって所を見せつけてやろうかと思ったのによ!』


『まだまだだな。炎の飛距離は図体だけで決まる訳じゃない』


『こうなったら俺が勝てるのは女遊びだけってところだな! そこだけは負けてらんねぇぜ!』


『何を言うか。酸いも甘いも知らん小僧が、200年早いわ』


 興奮した二匹の吐息にはところどころ炎が混じっている。やれ俺の方がモテるだの、かこってる女が多いだの、キバの大きさがどうだの、強さがどうだの。褒め合ったり張り合ったりして愉快にはしゃいでいる。


 子供だ。子供がふたりいる。


「ああ、いいですよね。ウルさん。素敵…」


 いつの間にか私の側にいたアッテリアがその様子を目を♡にして見つめていた。


「えー………」


 しかしこんなに楽しそうで嬉しそうなエルさんは見たことが無かった。普段ならあんなに激しく動いたらすぐに疲れてしまうだろうに。ウルさんと会えることが余程嬉しいのだろうな。そう思うと私はなんだか嬉しくなってしまった。


 と同時に、どうしてイルさんとはあんなに折り合いが悪いんだろうかと疑問が一つ増えた。 

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