第24話 ドラゴンとデート

 行きに突っ込んだ入道雲はあたり一面の湿気を吐き出して過ぎ去ったようで、どこまでも澄んだ青空が広がっている。わずかに傾いだ日差しがほんのり赤みを帯びていて、それが地表の雨粒に反射してキラキラしている。風はさらりと心地よく、ずぶ濡れの衣装をあっという間に乾かしてくれた。


 うーんロマンチック。なんて素敵なロケーション。


『お嬢さん。怖くないかい?』


「大丈夫! 最高!」


 ウルさんは地表ぎりぎりをゆっくりと飛んでいた。その姿に驚いたのかララムの街や点々とする民家から顔を出す人々が見えた。テトのジェットコースターは恐怖でしかなかったが、ウルさんの背中は快適そのものだ。安心感が全然違う。


『そう言ってもらえて何よりだ。なんかあったら遠慮なく言ってくれ』


 私はその最高の景色を楽しみつつも、ウルさんの飛行態勢を注意深く観察していた。


 ウルさんはあまり羽ばたかない。大きなグライダーが空を滑っていくような穏やかさだ。離陸する時もエルさんのようにがむしゃらに羽ばたいたりはせず、どちらかといえばその巨体が宙に吸い上げられているかのようだった。


『不思議かい?』


 落ち着き無く動く私に気がついたのか、その大きな瞳と目が合う。


『これでも俺達地竜は他の精霊竜達に比べて空を飛ぶのが苦手なんだぜ』


「そうなの!?」


『ああ。だから俺達は精霊の力を借りるんだ』


 精霊竜が精霊石を食べるのは精霊力を補給するためなのだという。精霊力の高い場所にいることも大切だが、食べるほうがより吸収がいい。そして地竜はそこにいるだけでその地に恵みをもたらす。


『と言っても、ほとんど呼吸するのと変わらないから説明しろって言われても無理なんだがな。俺達精霊竜にとって精霊は空気みたいなもんだ。どこにでもあるし、無いと困る。それを視認したりは出来ないが、それに依存して生きている。そんな感じだ。親父が飛べないっていうなら、まぁ多分そこらへんだろう。そういう意味じゃ、俺を連れてきたのは正解だな。これは感覚の問題だ、だれかに教えてもらうとかそういう話じゃない』


 私はその話にいまいちピンと来なかったのだが、頼れる助っ人を連れて来られたのは間違いなさそうだった。私の中でつかえていた不穏の感情がひとまず落ち着く。


『みえたぜ』


 そう言われて眼前を見れば、大きな山が見えてきた。あの三角形の神殿のようなものはきっとエルさんの住処だ。自分が生活している場所を遠目から見るとこんな風に見えるものなんだなぁと感心する。なるほど、ど田舎もいいところだ。


 ウルさんはその斜面にそってゆっくりと高度を上げていく。そこまで来て、私の別の不安がせり上がってくる。


「ねぇウルさん」


『なんだい』


「着陸するときさー、その、どしーんって、やるの?」


 私の知っているドラゴンの着地はアグレッシブだ。あの衝撃に耐える自信は無かった。たかだか15メートル程度の高さから着水した衝撃でさえ投げ飛ばされているくらいなのだから。


『安心しな、俺は女を乗せてる時はそういう危ねぇことはしねぇよ。もちろんお嬢さんがそれをお望みってんなら話は別だが』


 私は思いっきり首を振った。



 $$$



 着地は砂埃一つ立てない見事なものだった。私は低く這わせてくれた翼を滑り台のようにして降りていく。うーん! なんて快適な空の旅なんだ!


 いつかこうしてエルさんと二人で旅が出来ると思うと、胸が熱くなった。


「ウル様。ご無沙汰しております」


 気がつくとアッテリアが小屋から出てきており、やうやうしくドレスの裾を握っていた。ん? ドレス?


『おおアッテリア。久しぶりじゃねぇか。増々いいオンナになっちゃってよー。そのドレスもキュートだぜ。まさか俺のためにお洒落してくれてんのかい? そうだったら俺は思わず勘違いしちまいそうだ』


 そこには一際セクシーにめかし込んだアッテリアがいた。赤らんだ頬に手を当ててなにやら腰をくねくねさせている。


「やだもうウルさんったら…。からかわないで下さいな」


『いーや俺はいつだって本気さ。どうだい、星空が最高の場所を見つけたんだ、今晩にでも。まぁそれもアッテリアの美しさには敵わないんだけどな』


「ダメです、また奥さんに怒られてしまいます……」


『おっと、それは言わねぇ約束だぜ……」


 昨今昼ドラでもみないメロドラマが目の前で繰り広げられていた。そのいかつい体躯でとびきり甘いセリフを放つドラゴンと、それにふにゃふにゃになる女。なんだかシュールな絵がそこにあった。私はちょっと馴染めそうにない。


 私がたまらず溜息をつくと引き際と察したらしいウルさんは踵を返した。


『とまぁ、まずはやることやっちまわないとな。アッテリア、寂しいけどまたあとでな』


 そういって足取り軽く神殿に向かうその背中を、アッテリアは目を♡にして見つめていた。ばっちりほだされてるじゃないですか。


「ウルさん、人間の女がすきなの?」


 横に並んだ私は聞いた。この人が悪ふざけでやってるのか本気なのかがいまいちわからなかったからだ。普通に考えて種族を超えての恋愛は成立しないと思っていたのだが。


『おっと、これはヤキモチをやかせちまったかな。わりぃな、色男でよ』


「そうじゃなくて……」


『わかってるよ。その答えはもちろんイエスだ。人間の女はいい。表情が豊かだし俺たちドラゴンに尽くしてくれる。料理は上手いし纏う衣装で雰囲気も変わるときたら、魅力しか詰まってねぇじゃねぇか』


「ふーん…そういうものかぁ」


『まぁあれだ。もちろん本気で愛してるのはカミさんよ。人間相手でガキを作れる訳じゃないしな。お嬢さんがほしい回答ってのはこんなところだろうよ』


 ウルさんはそういって、多分ドヤ顔を決め込んで、さっそうと奥に走り込んでいった。普段見ているエルさんの動きとは全く違うその軽快な動作に驚いた。地竜ってここまでしなやかに動けるものだったのか。うーんこれは参考にしなければ!


 私は置いていかれないようにその背中を一生懸命追いかけた。


 いよいよエルさんとウルさんのご対面だ!



 ……何も無いと良いんだけど。

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