第23話 ドラゴンの色恋事情
ハーレムなんて言葉を人の口から聞く日が来るとは思わなかった。
いや、相手はドラゴンか。
『どうだい? おっと勘違いしないでくれよ。助けたお礼に無理やりっていうんじゃないんだ。ただ俺が、お嬢さんの可愛さに一目惚れしちまったってだ・け・さ♪』
眼球一つが私の頭程もある巨大な頭をもつ生物が、その片眼を閉じながらあまーい言葉を投げかけてきている。なるほど、こんなナンパのされ方は他の女では味わえないだろう。そういう意味でいうなら私は相当にラッキーだ。たぶん。
『アーカーネーさーまーぁ!』
そんな時、例によって隕石の如く落下してくる物体があった。テトは轟音とともに地面に突き刺さると、涙目で駆け寄ってくる。
『あわわわわ、お怪我はありませんかぁー! あああご無事で! このテト一生の不覚! アカネ様を落下させてしまうなど、もうどう償っていいか!』
「テトちゃん。うん、無事だよ。助けてもらったから」
『ああああウル様ぁ、この度は本当にありが――』
『おうテトてめぇ!』
先程までの態度とは打って変わって強気な態度になったのはウルさんだ。三倍近い大きさの体をテトちゃんに幅寄せして何やらすごんでいる。
『俺が気が付いたから良かったけどよー、貴重なべっぴんさんを一人失う所だったじゃねぇか! そんな損害をこの世界に与えてみろ、てめぇどう償ってくれるんだ!命一つで足りると思ってんのか、ああん!?』
とヤンキー根性まるだしのセリフでテトを震え上がらせている。ドラゴン同士にもあるんだなー、恐喝って。
『ひいいいしゅみません! こ、こちらのアカネ様が是非ウル様にお会いしたいとのことでしたので…。ウル様の居場所が奥様にばれないようにとお連れしたのしゅが…』
『なにぃ?』
テトの事情説明に目をパチクリさせて数秒の間の後。
『テトお前でかしたぞ! じゃあこの奇跡の出会いってのはお前が運んできてくれたってのか。いい仕事しやがるなぁこいつぅ!』
とびっくりするほどの切り返しで明るくなるウルさん。喜びのあまり頭を擦り付けられているテトは既に目が回ってしまっている。
なぁんか既視感あるなぁと思っていたらピンと来た。このウルさん、林さんに似てるんだ。林さんは私がこの世界に来るきっかけとなった利用者さんだ。その豪快な立ち振舞といい、ナンパなところといい、バリバリの江戸っ子気質って言うのかな、見れば見るほど利用し始めた頃の元気な林さんにそっくりだ。
「ウルさん、はじめまして。助けてくれてありがとうございます」
あまりの気の抜けた展開にすっかり言いそびれてしまったが、ウルさんは私の命を救ってくれたドラゴンだ。まずはお礼を言わなくちゃ。どんな力かわからないけど、それがなければきっと今頃わたしは地面に叩きつけられてミンチになっていただろう。
『なぁに、いいってことよ。それで、わざわざ俺に会いたいっていうのはどんな用件なんだ? その様子じゃあ俺のハーレムに加わりたいって感じじゃないしな』
以外にも物分りのいいウルさんの促しだった。さすがは精霊王の血筋だけはあるなぁと感心する。しかしその現王のイルさんとは性格がかけ離れすぎているようにも思うけれど。
「えっと、実は…」
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『親父が?』
私はここに来た事情を端的に説明した。
「うん、それでね、ウルさんなら一緒に飛んでくれるんじゃないかって思って」
あまりにもウルさんが気さくなので対面から数分もしないうちに早くもタメ口になってしまった。意外にもウルさんは聞き上手で、適度な相槌が心地よいのでスルスルと言葉が出てくるのだ。悔しいがやっぱり女慣れしている人はこういうところが違う。
『お嬢さん、そういう話ならお安い御用だ。俺もここしばらく親父に顔を見せてないしな。だが――』
ウルさんはそう言うと立派な翼を大きく広げて、まるで飛行前の準備運動のように伸びた。陽光に鈍く煌めく鋼鉄の体はやはり美しく、しかしイルさんとはまた別の美しさがあった。
『最初に言っておくが、それがうまく行くかどうかは話が別だぜ』
ウルさんの真剣な眼差しが私に向けられた。自信家に見えるウルさんからはちょっと意外な言葉だ。
『俺達ドラゴンってのは群れて飛んだりしないんだよ。あるんだとすればそれは親離れ出来てないガキか、あるいは闘いに出向く時だ。訳もなく親子揃って飛んでれば親離れ子離れ出来てないってことになんのさ。俺は事情も聞いたしこの際テレは我慢もできるが、親父はどうかな』
一人で飛べるようになることが一人前の証。ドラゴンは代々そうやって子育てをしていくのだという。遺伝子まで染み込まれたその感覚は理屈でわかっていても中々変えられるもんじゃない。ウルさんはそうドラゴンの性質をわかりやすく説明してくれた。
『だが俺も、日に日に縮こまっていく親父を見ているのは正直つらいんだよ。あれでいて結構怖かったんだぜ、昔。強くてカッコよくて、そこに権威の全てがあるって感じでよ。ところが最近の親父ときたらまんまおじいちゃんじゃねぇか。図体も今じゃ俺の方がでかいしな。それが寂しいって気持ちもあるんだよ。多分、イル兄貴もそう思ってるさ』
それは弱りゆく利用者さんを支えるご子息の言葉に似ていた。子はいつか親を追い抜いていく。そして今度は親を護る立場になる。あんなに偉大だった親の背中がどんどん小さくなっていく。見た目にも、精神的にも。
致し方ない自然の摂理だけれど、そこに寂しさを感じる気持ちが私にもわかる。
『乗んな。まぁやれるだけのことはやってみるさ。何よりお嬢さんの頼みだからなぁ。女に頼られて答えられねぇんじゃあ、男が
ウルさんはそういって地べたに這いつくばるようにして翼を広げてくれた。エルさん以上の巨体だけれどおかげで随分と
この人、本当はきっといい人だ。
『フッ。男は女に乗られてる時が一番やる気でんのさ』
……前言は即刻撤回しようと思う。
『じゃあいくぜ』
ドラゴンの力強い咆哮が響き渡った。それに驚いた小鳥達が一斉に木々から飛び去っていく。それを道しるべにするように、ウルさんの体は優しく浮かび上がった。
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