第22話 アカネちゃん、口説かれる
『それでしたら! テトがご案内いたしましゅ!』
鐘を鳴らすと急降下してきたテトに事情を説明すると、あっさりと快諾してくれた。
「え、テトちゃん、ウルさんの居場所知ってるの?」
『ええ。ウル様には、奥様がお怒りなのでどこにいるか教えるなと言われておりましたが、そういう事情なら致し方ないでございましゅ!』
さらっととんでもない事を言うがここは聞かなかったことにしておく。旦那が遊び人だと奥さんが苦労するというのは、ドラゴンの夫婦関係においても同じらしい。
聞けば先日行ってもらったララムの街の西に緑豊かな山があり、そこで翼を休めているとのことだった。早速伝令係を頼んだのだが、
『テトが申し伝えるよりアカネ様が直接お会いになった方が上手くいくと思いましゅ!』
「そ、そう? でもなんで? 急に行ったりしたら迷惑じゃない?」
『それはお会いいただければわかると思いましゅ!』
どういうことかとアッテリアを見ると、笑顔に汗マークがついていた。テトの言っていることが嘘ではないのがわかったが、なんか不安だ。
『テトの翼でアカネ様をウル様のもとへお送りいたしましゅ!』
かくして、私はテトの背中にのってウルさんへ会いに行くことになったのだ――
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――が。
「うぶぶぶぶぶぶぶ」
顔面に雨やら氷の粒やらが激突していき、風圧で唇がびろびろに伸びてしまう。物凄くブサイクな顔をしている自覚はあるのだが、こうして唇を尖らせて息を吐き続けていないとなんか色々と維持できなかった。時々遠方で物凄い轟音が閃光と共に発せられているがおそらく雷だ。やだすごく怖い。雷怖い。こんな中を悠然と飛んでいくとはさすがドラグーン。可愛いからと言って侮るべからず。
おかげでアッテリアに見繕ってもらった上質な民族衣装がずぶ濡れになってしまった。なんで私はこの世界にきてからこうも濡れ鼠になることが多いのだろうか。
『もう抜けましゅよ! 空気がかわりましゅ、しっかりと掴まっていてくだしゃい!』
そう言われてろくに返事も出来ずに力んだ。
すると突然、世界が開けた。薄暗から急に晴天に変わる様は驚きだ。とたんに風が気持ちよくなった。
(あれ、さっきまでは寒くて仕方なかったのに。呼吸もしにくかったのに)
そう思ってあたりを見回すと、もう信じられないくらいの高さをごく低速で飛んでくれていることがわかった。翼をめいいっぱい広げて徐々に高度を落としていっている。
『どうでしゅかアカネ様。空の世界というのは。お気に召しましたか?』
「おおお、これは気持ちいいね!」
『今丁度真下に見えるのがララムの街でしゅ! そして向こう側にあるあの山が、ウル様が隠れている場所でしゅ!』
今はっきり隠れてるって言ったな。
ララムの街は大きかった。2階建ての木造建築がかなりの量でひしめきあっており、中央には噴水なようなものを据える広場があって、そこから道は放射線状にのびているような、真上からみたら円の形をした街だった。遠目、道の色が灰色に見えるあたり、石畳だったりが敷かれているのだろうから中々文化的だ。それと比べるとエルさんの住処がいかに辺境なのかがわかった。
そして景色はあっという間に後ろに流れていく。
今後時間ができたら買い物に来てみたいと思った。この世界の食べ物や流行のお洋服を知りたいし、味わってみたい。ふふふ、また一つエルさんと旅の目標ができたぞ!
そんな事を考えていて、油断したんだと思う。
私は自分の握力が全く無くなってしまっていることを失念していた。下を覗き込むあまりバランスを崩し傾いた体を手綱を使って引き戻そうとしたのだが、
「あれ」
そのまま手綱はするっと手の中を滑っていってしまった。
「あ」
私の体はあっという間にテトから遠ざかっていく。
「テト!」
そう叫んだ頃には、その声は届かない距離になってしまっていた。
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死んだなこれは。
そう思って目をあけると、私の体はふわふわと空中に浮いていた。
「え」
正しくは、非常にゆっくりと降下していた。体はなぜか仰向けのままで、何かの力の干渉を受けているのか非常にリラックスした態勢になっている。真下を向けないのでどれくらいの高さに至っているかわからないのだが、横を向いた時に見切れる地平線の高さで、なんとなくもう少しで地面なのだというのがわかった。
その地平線は緑に彩られて傾いている。おそらくは山の斜面だ。私はどうなってしまうのかな、とおもったその矢先、脳内に声が聞こえた。
『ひゅー。やっぱ思ったとおり、こりゃべっぴんさんだ。ラッキーだぜ、俺は最高にツイてる!』
若々しくずいぶんとチャラい印象の声だった。脳内再生ということはドラゴン?
どこにいるんだろうと首を左右に振り向くが見当たらない。そうこうしていると私の態勢は仰向けからゆっくりと回転して直立になった。
そして目の前には鋼鉄の体を持つ大きなドラゴンが一匹。
『お嬢さん、お怪我は無いかい?』
私の体はその声の主の顔あたりでぴたっと止まった。大きな瞳が私を見つめている。
「えっと…あなたが助けてくれたの?」
『助けただなんてとんでもない。ただ落ちてくるお嬢さんが見えて、思わず力を貸しちまっただけさ』
末尾に「フッ…」と聞こえてきそうな喋り方。この世界に来て初めて聞いた、なんだか悲しい懐かしさだ。
『ところでお嬢さん、人間なのに空中遊泳とはずいぶんイカしてるねぇ。せっかくの美人さんが怪我でもしたら大変さ。今度からはちゃんとドラゴンのエスコートをつけることをオススメするぜ。それも男前の、な』
そういってウィンクをしてくる。壮観な外見にも関わらずかなりチャラい。
しかしこの鋼鉄を思わせる体、そしてその大きさ、そしてこの圧迫感。この人もしかして…
『俺はウルってんだ。どうだい、お嬢さん。俺のハーレムに加わらねぇか。なぁに、悪いことは言わねぇ、一緒にエンジョイしようぜ』
元大地の王のご子息、ウル・キャピタン。
その人はとんでもないチャラ男だった。
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