ドラゴンのリハビリの協力者
第21話 アカネちゃん、飛翔する
あの鳥のように、空を自由に飛べたなら。
そんなラブソングがあった気がする。
ああ、なんてロマンチックなのかしら。
「ひぃぃいぃいいいい!」
だけど実際はそんな甘美なものではない。空を自由に飛ぶだって?
人間は空を飛ぶように出来てない。当たり前だが、私はいまそれを痛烈に体感している。
『アカネ様ぁ! おそらの旅はいかがですしゅかぁ? すぐに慣れてきましゅよ!』
私は今、ドラグーン宅急便のテトによって大空の中を輸送されている。
「ムぅぅううリぃぃぃー!」
上空の大気は冷たく強烈な風圧で呼吸すらままならない。手綱にしがみつく腕がすでにプルプルし始めている。これじゃあまるで絶叫マシンじゃないか。いや、それすらも生温いと断言できる。
全然ロマンチックじゃない。ここにあるのは生か死のサバイバルだ。
『それだけ声が出せれば十分でしゅよ! 頼もしいですねぃ! あの雲をつっきりましゅ! しっかり掴まっててくだしゃいね! ――振り落とされないように♪」
眼の前にはみっちり育った入道雲があった。下の方が灰色になっている辺り、その中はきっと大変なことになっているだろう。
「うーーそーーでーーしょーー!!」
テトは速度を弱めるばかりかむしろ加速して突っ込んでいった。
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ことのきっかけは半日ほど前にさかのぼる。
異世界生活一週間、私と地竜さんのリハビリが始まってから四日が経とうとしていた。今日も朝からしっかりと水浴びとお肌のケアを行った、そんな午前中のこと。私は自室で古書を読んでいた。
「うーん」
目的はドラゴンの生態についてだった。私は舐めるように読み進めていくのだが、いまいちピンと来ない。
「これも微妙かな…」
エルさんのリハビリは割と順調だった。お尻の立ち上がりも幾分スムーズになったし、体を動かすことに対しての億劫さが減ったように見える。二日目は水浴びに連れ出すのに苦労したが、今日なんかは比較的スムーズで本人も乗り気だった。この経過は驚くべき速さと言えると思う。本質的にはアクティブな性格だったというのも大きく影響していると思うが、体をこうして動かしてくれるのは本当にありがたい。
飛行訓練についても、本能にある「空を飛ぶ」とう欲求が刺激され徐々にその想いが膨れ上がってきたのか、訓練自体にはすごく前向きだ。寝起きなどその目的を忘れてしまっていることは相変わらずよくあるものの、声がけするだけで空を飛ぼうとしてくれている。モチベーション的にはすごく良い状態にあると思う。
しかし一方で飛行の成果というと、全然だめだった。浮かび上がる高さも時間も伸びていないし、本人の中でも何かを掴んでいる様子がまったくない。他が好調なだけにその部分だけが目立つような格好になってしまっている。
平行線が続くと訓練する側も付きそう側も疲れてしまい、良くない結果を生む。
すこし焦った私は、何かヒントが隠されているのではないかとこうして再び古書を開いたわけだったのだが。
「やっぱり人間の目線から書かれているものじゃダメだなー」
書かれている内容は人間から見た場合の生態であって、ドラゴン側の内容がいまいち薄いのだ。ドラゴンは対話できるものもいる訳だから、もっと色々話をきいて、そういう情報を書き記しておいて欲しかった。
例えば、飛翔の性質についてはこんな感じだ。
――ドラグーンはその身体構造自体に高い飛翔能力を有し、大型の鳥のように自由に空を舞うことが出来る。一方でドラゴンはその巨体を持ち上げるために魔法や精霊力を利用している個体もあり、その翼は副次的な役割であると考えられる――
実際に翼をどのように扱っているだとか、その時どういう態勢をとるだとか助走をつけるだとか、どんな時に飛ぶのとかとか。そういう具体的な所が全く載ってない。
これでは、地竜さんにどんなアドバイスをしていいか分からないのだ。
だって私は人であって空を飛べないから。
とにかく、上達の兆しが無い、というのはモチベーションを維持する上では非常にまずい。記憶の連結性が薄くなってきてしまっている認知症患者の場合は特にそうだ。そのくせ深く傷ついたことなどは忘れなかったりするので、これをきっかけにエルさんが自信を無くしてしまうなんてことだけは絶対に避けたいのだ。
となると残された方法はあと一つ。
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「一緒に飛んでくれる人を探したい?」
昼食後のティータイムに、アッテリアに相談を持ちかけてみた。
一緒にトレーニングに参加してくれる人がいると、驚きの効果を生むことがある。
この集団行動心理によるリハビリの効率化は至る所で見ることが出来る。
普段はボールに興味さえ示さない、座り込んでふさぎ込んでしまう傾向のある利用者さんが、みんなでボール遊びをしている間に別人のごとく集中力を発揮して、しまいには「あ、立ってる!」なんて現場を見ることもある。
「そうなんです。例えばエルさんに身体的な特徴が近いドラゴンに接してもらって、触れ合っている内に、こう空を飛ぶ感覚を思い出してくれればいいなって」
私は自分の手を鳥のようにばたばたと動かしてアピールする。
「んー。身体的特徴が近い、となるとエル様のご子息が一番適任なんでしょうけれど…でも」
「それなんですよねぇ…」
超渋いイケメンボイスの現大地王イル・キャピタンはエルさんの長男だが、ふたりともプライドが高く折り合いが悪い。そんな二人が仲良く飛行している所が想像できないばかりか、イルさんからアドバイスが入ろうものならむしろ逆効果まである。
「かといってテトはドラグーンタイプなのでまた違うでしょうし…残るはウル様くらいしか…」
アッテリアは溜息を付きながら言った。
「ウル様?」
「ええ。イル様の弟君です。エル様もずいぶんと可愛がっていらっしゃいまして、親子関係はとても良好なのですが…」
おおお。適材がいるではないか!
「その、非常に申し上げにくいのですけれど、それはそれは遊び人体質でして…。今どこにいらっしゃるのか私も存じ上げないのです」
なんということだ! 父の遺伝子はしっかりと息子に受け継がれているらしい。
「色々な所を行き交うテトなら知っているかも知れません。ちょっと呼び出してみましょうか」
こうして、テトを呼び出し、話を聞いてみることになったのだ。
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